言葉の軽い人重い人のちがいはここにある! - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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言葉の軽い人重い人のちがいはここにある!

2012年09月17日 18:00

9月12日、大阪で開催されたパーティーに参加してきました。
橋下徹大阪市長が代表を務める大阪維新の会が、
全国政党「日本維新の会」をつくるという結党宣言があったパーティーでした。

参加者は三千人とも四千人とも言われていますが、
熱気あふれる会場でした。

9月15日には、維新政治塾がありましたが、
午前中に維新政治塾の塾生の中から選ばれた14名の方が、
なんば高島屋前で街頭演説をし、多くの方々にその思いを熱く訴えました。

私も街頭演説に聴衆としてその場にいましたが、
みなさんその熱い思いがあふれていて、

日本を何とかしたい

その思いが多くの方に届いている、そんな感じがしました。



いろんな方のお話を聞いている今週ですが、
そんな中で最近思うのは、

街頭演説でもそうですし、
室内で人とお話しするときもそうですが、


言葉の軽い人と重い人のちがいはなんだろうか?


ということです。



立派な人でも言葉が軽いなあと思う人もいれば、
自分よりも若いけれども言葉に重みがあるという方もおられます。


街頭演説などは顕著にそれが出てしまうなあと思っていて、
自分で自分が恥ずかしくなってしまうのですが、
そのちがいについて最近少しわかってきたような気がします。



それは、経験しているか否かのちがいです。



自分で経験し、心からああそうだったのかと腹で感じた場合に出た言葉と、
人から聞いてあるいは本で読んで、共感した場合に出た言葉とでは、
言葉の軽重が大きいのではないかということです。


経験し、腹で感じたことを語った言葉は、人々の心に突き刺さります。

しかし経験していないけれど、何かで読んだ聞いた話を他人にした場合、
もちろん心に突き刺さる人もいるでしょうが、
本物の聴衆からは見破られてしまうでしょう。



しかしさらに上手の人は、
経験していないことでも突き刺すような言葉を人々に届けられる人もいるのかもしれないので、
聴衆としての真剣さも必要になってくるでしょうね。

逆に言えば、経験していないけれども、
腹に落とし、心から語ることができたらすごいのかもしれません。


いずれにしても言葉の軽重は、
意外と簡単に見破られてしまうので、
恐ろしいものだとつくづく感じる今日この頃です。
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