2012年06月27日 18:00
北野幸伯さんの、「ロシア政治経済ジャーナル」は、
私の愛読するメルマガの一つであり、
このメルマガでも何回か紹介してきました。
ロシア在住の北野さんですが、
国際政治経済情勢に独自の分析を見せてくださり、
マスコミの一辺倒な情報よりも深い分析をされ、
私も毎回なるほどなあと思い読んでいます。
ロシア政治経済ジャーナル
⇒ http://archive.mag2.com/0000012950/index.html
きっとこのメルマガを読んでいる皆さんも、
北野さんのメルマガを読んでいる方は多いのではないでしょうか。
また、4月5日に北野さんの新著、
「プーチン最後の聖戦 ロシア最強リーダーが企むアメリカ崩壊シナリオとは?」
が出ていますのでご関心のある方はぜひ読んでみてください。
そんな北野さんですが、
一か月前のメルマガで私のメルマガ記事を紹介してくださいました。
この記事を読んで「号泣」されたとのことです。
北野さん以外の多くの方からも、
この記事には感動したといって下さる方がたくさんいらっしゃり、
私もうれしいなと思うと同時に、
この記事に感じてくださる方は、
まだ会ったことはなくとも、
やはり私の同志なんだろうなと勝手に思い込んでいます。
仙台から発信するメルマガと、
ロシアから発信するメルマガがシンクロするのも、
ネットの縁で大変おもしろいものですが、
日本を思う気持ちには変わりないのだろうと確信しているところです。
私のオススメのメルマガです。
ロシア政治経済ジャーナル
⇒ http://archive.mag2.com/0000012950/index.html
RPE Journal===================================================
ロシア政治経済ジャーナル No.838
2012/5/30号
=================================================================
★北野はなぜ【号泣】したのか???
北野です。
今回は、私が「号泣」した話です。
なぜ号泣したかというと、渡辺カツユキさんのメルマガを読んだ
からです。
渡辺さんは、仙台市在住のカリスマコンサルタント。
しかし、ここ数年は、失業、起業、震災、選挙落選、そして起業
と波乱万丈な人生を送っておられます。
仙台といえば、すぐ思い出されるのは、「3.11」ですね。
私も仙台に親戚がいるので、いろいろ話を聞いています。
選挙落選とはなんでしょうか?
渡辺さんは、昨年11月の宮城県議選に立候補し落選しました。
しかし、当選者との差は、わずか1000票弱。
無所属の新人としては、大健闘でした。
そんな渡辺さん。
次から次へと襲いかかる困難にも負けず、
「渡辺カツユキの日本一元気になるビジネスマガジン 」
というメルマガを発行されています。
そもそも、最初から恵まれていて、なんの苦労もしていない人が
「元気になるビジネスマガジン」
なんて出しても説得力ありませんよね。
渡辺さんのように、あらゆる経験をし、困難を克服してきた人こ
そ、説得力のある「元気になる」メルマガを出せるのでしょう。
皆さん、「渡辺カツユキの日本一元気になるビジネスマガジン 」
是非ご一読ください。
ホントに元気になりますよ!
完全無料登録はいますぐこちら↓
http://archive.mag2.com/0001028802/index.html
「・・・・・・・・北野さん、【号泣】の話は???」」
そうでした。
私が泣いた号を転載させていただきますね。
ちょうど一ヶ月前ですが。
【転載ここから】▼
今日4月29日は「昭和の日」です。
私たち昭和世代の人間からすると、
天皇誕生日のイメージのある日ですが、
昭和天皇が崩御されてからは、
「みどりの日」
とされ、その後法改正の結果、
平成19年以降は、
「昭和の日」
とされました。
祝日法の趣旨によれば、
「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、
国の将来に思いをいたす」
日とされています。
昭和天皇(しょうわてんのう、1901年4月29日 - 1989年1月7日)は、
日本の第124代天皇(在位:1926年12月25日 - 1989年1月7日)。
諱は裕仁(ひろひと)。
幼少時の称号は迪宮(みちのみや)、お印は若竹(わかたけ)。
時代を考えてみると、
昭和時代の私の履歴書に出てくる人物とほぼ同世代で、
当たり前と言えば当たり前ですが、
明治時代に生まれ、
20代で関東大震災を経験し、
40代で終戦、
そこから高度経済成長を経て、
昭和64年1月7日におかくれになるわけです。
昭和という時代を象徴する方でもあるわけで、
そのエピソードなどは枚挙にいとまがありません。
ウィキペディアなどを読むと、
そのエピソードが事実かどうかはともかくとして、
お言葉や行動に、
あらためて敬意を持つと同時に、
ときにユーモアに富んだやさしい一面も垣間見え、
おもしろいですね。
しかし、
戦後間もなくGHQが進駐し、
敗戦処理をいかにするかという段になり、
昭和天皇はGHQのマッカーサーのもとへ
行くことになります。
その時のエピソードは、
緊迫する内容です。
───────────────────────────────
【引用ここから】
実際マッカーサー自身が、のちに回顧録の中で次のように書いたの
である。
「天皇の話はこうだった。
『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で
行なったすべての決定と行動に対して、
責任を負うべき唯一人の者です。
あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここ
に来ました』
──大きな感動が私をゆさぶった。
死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべ
きでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動
をおぼえた。
私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳
士であると思った」
(マッカーサー回顧録一九六三年)
天皇とマッカーサーの会見は、はじめ一五分の予定だった。
しかし、マッカーサーは天皇の態度に深い感銘を受け、会見は三
五分にも及んだのである。
会見がなされると、その会見の要旨は後ほど通訳の手で文書に
まとめられ、侍従長に渡される習慣になっていた。
会見の翌日、藤田侍従長は、会見における天皇の発言の要旨
を文書にまとめたものを、通訳から受け取った。
藤田氏は、いつものようにそれに目を通したうえで、天皇のもと
に提出した。
藤田氏はこのとき、メモをとらなかった。
しかし彼はのちに、その内容について二つの点をはっきり憶え
ていると言って、次のように著書の中に書いている。
「…陛下は、次の意味のことをマッカーサー元帥に伝えられている。
『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責
任はすべて私にある。
文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。
私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。
この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願
いしたい』
一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の
流露は、マッカーサー元帥を強く感動させたようだ。
『かつて、戦い破れた国の元首で、このような言葉を述べられた
ことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。
私は陛下に感謝申したい。
占領軍の進駐が事なく終わったのも、日本軍の復員が順調に進
行しているのも、これすべて陛下のお力添えである。
これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わなければ
ならぬことは多い。どうか、よろしくお願い致したい』」
とマッカーサーは言った(藤田尚徳『侍従長の回想』昭和三六年)。
【引用ここまで】
───────────────────────────────
確かに戦争には負けましたが、
この昭和天皇の態度こそ、日本人としてあるべき態度の象徴のよう
に思います。
自分の身がいかになるかわからない時でも、
このような態度をとること、
自分の話ではなく、
国民全体の衣食住をまず考えること、
4月29日は、
いろいろなことを考えさせられる日です。
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★新規購読者の皆様へ!
はじめまして!RPE発行者北野です。RPEのモットーは、
1、わけのわからない世界情勢を世界一わかりやすく解説する。
2、でも、きれいごとは一切言わない。です。
世界の裏側で起こっていることを、あなただけにこっそりお教えします。
これは、国連・世銀・外務省・政治家・ファンド・社長さん軍団・大企業幹部・
起業家等々が内緒で読んでいる、秘伝のメルマガです。
友人知人には、このメルマガのこと絶対秘密にしておいてください。
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しかし、ここ数年は、失業、起業、震災、選挙落選、そして起業
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私も仙台に親戚がいるので、いろいろ話を聞いています。
選挙落選とはなんでしょうか?
渡辺さんは、昨年11月の宮城県議選に立候補し落選しました。
しかし、当選者との差は、わずか1000票弱。
無所属の新人としては、大健闘でした。
そんな渡辺さん。
次から次へと襲いかかる困難にも負けず、
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そうでした。
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私たち昭和世代の人間からすると、
天皇誕生日のイメージのある日ですが、
昭和天皇が崩御されてからは、
「みどりの日」
とされ、その後法改正の結果、
平成19年以降は、
「昭和の日」
とされました。
祝日法の趣旨によれば、
「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、
国の将来に思いをいたす」
日とされています。
昭和天皇(しょうわてんのう、1901年4月29日 - 1989年1月7日)は、
日本の第124代天皇(在位:1926年12月25日 - 1989年1月7日)。
諱は裕仁(ひろひと)。
幼少時の称号は迪宮(みちのみや)、お印は若竹(わかたけ)。
時代を考えてみると、
昭和時代の私の履歴書に出てくる人物とほぼ同世代で、
当たり前と言えば当たり前ですが、
明治時代に生まれ、
20代で関東大震災を経験し、
40代で終戦、
そこから高度経済成長を経て、
昭和64年1月7日におかくれになるわけです。
昭和という時代を象徴する方でもあるわけで、
そのエピソードなどは枚挙にいとまがありません。
ウィキペディアなどを読むと、
そのエピソードが事実かどうかはともかくとして、
お言葉や行動に、
あらためて敬意を持つと同時に、
ときにユーモアに富んだやさしい一面も垣間見え、
おもしろいですね。
しかし、
戦後間もなくGHQが進駐し、
敗戦処理をいかにするかという段になり、
昭和天皇はGHQのマッカーサーのもとへ
行くことになります。
その時のエピソードは、
緊迫する内容です。
───────────────────────────────
【引用ここから】
実際マッカーサー自身が、のちに回顧録の中で次のように書いたの
である。
「天皇の話はこうだった。
『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で
行なったすべての決定と行動に対して、
責任を負うべき唯一人の者です。
あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここ
に来ました』
──大きな感動が私をゆさぶった。
死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべ
きでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動
をおぼえた。
私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳
士であると思った」
(マッカーサー回顧録一九六三年)
天皇とマッカーサーの会見は、はじめ一五分の予定だった。
しかし、マッカーサーは天皇の態度に深い感銘を受け、会見は三
五分にも及んだのである。
会見がなされると、その会見の要旨は後ほど通訳の手で文書に
まとめられ、侍従長に渡される習慣になっていた。
会見の翌日、藤田侍従長は、会見における天皇の発言の要旨
を文書にまとめたものを、通訳から受け取った。
藤田氏は、いつものようにそれに目を通したうえで、天皇のもと
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藤田氏はこのとき、メモをとらなかった。
しかし彼はのちに、その内容について二つの点をはっきり憶え
ていると言って、次のように著書の中に書いている。
「…陛下は、次の意味のことをマッカーサー元帥に伝えられている。
『敗戦に至った戦争の、いろいろな責任が追求されているが、責
任はすべて私にある。
文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任がない。
私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。
この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願
いしたい』
一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の
流露は、マッカーサー元帥を強く感動させたようだ。
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ことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。
私は陛下に感謝申したい。
占領軍の進駐が事なく終わったのも、日本軍の復員が順調に進
行しているのも、これすべて陛下のお力添えである。
これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わなければ
ならぬことは多い。どうか、よろしくお願い致したい』」
とマッカーサーは言った(藤田尚徳『侍従長の回想』昭和三六年)。
【引用ここまで】
───────────────────────────────
確かに戦争には負けましたが、
この昭和天皇の態度こそ、日本人としてあるべき態度の象徴のよう
に思います。
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1、わけのわからない世界情勢を世界一わかりやすく解説する。
2、でも、きれいごとは一切言わない。です。
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発行者 北野 幸伯
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