「渡辺勝幸と語る会」(2011年10月20日開催)のご報告 その2 - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 議会運営委員会 委員。
 宮城県議会 文教警察委員会 委員。
 宮城県議会 スポーツ振興調査特別委員会 副委員長。

自由民主党・県民会議
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
 防衛議員連盟 事務局長。

北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。
岩手県議会・宮城県議会国際リニアコライダー建設実現議員連盟 理事。

自由民主党宮城県支部連合会
 青年局長。
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
自由民主党宮城県参議院第一選挙区支部 顧問。
仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 副会長。
宮城県障害者スポーツ協会 理事。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。
宮城県ドッジボール協会 副会長。
宮城県柔道整復師会 顧問。
東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」 代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野中学校父母教師会 会長。
 若林区まちづくり協議会会員。
沖野東学区民体育振興会顧問。
沖野東小おやじの会沖父ちゃん会顧問。
仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。

仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
仙台市南地区交通指導隊六郷分隊 隊員。







【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。43歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)。
     宮城県議会議員選挙(若林選挙区)に無所属で出馬(5,042票で落選)。

平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。
     仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。
     沖野東小おやじの会沖父ちゃん会初代会長。
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤、現職)。
     公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。
     仙台市立沖野東小学校父母教師会(PTA)会長(平成31年まで)。
平成27年 宮城県議会議員に初当選(若林選挙区。自民党公認。10,041票でトップ当選)。
     公益社団法人仙台青年会議所総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所日本の未来選択委員会委員。
     宮城県議会 経済商工観光委員会委員。宮城県議会 産業振興対策調査特別委員会委員。
平成28年 宮城県議会 議会改革推進会議委員。
宮城県議会 保健福祉委員会委員。宮城県議会 地域防災調査特別委員会委員。
宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。
平成29年 宮城県議会 総務企画委員会 副委員長。
     宮城県議会 いじめ・不登校等調査特別委員会 委員。


【渡辺勝幸応援団から、平成30年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成29年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸の東北大学での講義内容についてはこちらをクリック】

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「渡辺勝幸と語る会」(2011年10月20日開催)のご報告 その2

2011年11月01日 18:00

「渡辺勝幸と語る会」(2011年10月20日開催)のご報告

 2011年10月20日(木)19時より、若林区の沖野コミュニティ・センターにて、「渡辺勝幸と語る会」が開催されました。当日は約80名の支援者の方々にお集まりいただきました。
 お忙しいところご出席いただきましたみなさまには、あらためて深くお礼申し上げます。
 今回の「渡辺勝幸と語る会」では、支援者のみなさまから、渡辺勝幸の人柄を伝えるエピソードをたくさんいただきました。そのお言葉を要約し、ここにご紹介させていただきます。

※     ※     ※

 続いて、恩師の先生方から励ましのお言葉をいただきました。
 まずは、沖野中学校時代の恩師であるN先生よりお言葉をいただきました。

●N先生──

 私は、渡辺勝幸さんが中学生のときに、担任をさせていただきました。
 中学時代の勝幸さんは、生徒会長を務めながら、どの教科も申し分のない成績を収め、素晴らしい努力家でありました。
 私がさらに驚きましたのは、お人柄と人間性が本当に素晴らしいことです。
 まず、人の話をよく聞きます。いつも、その人の気持ちや立場をきちんと考えとらえることができます。
 そして、「では、自分は何をしなければいけないか」ということを自分で見出し、それが見つかると、あとは黙々と行動します。
 素晴らしいことは、一度やりはじめたことは、決して途中で投げ捨てないで、最後までやりとおすということです。「自分が、自分が」と自分を表に出していくというよりは、謙虚さを持ち、地道に行動する優秀な生徒でした。
 そういう勝幸さんは、毎朝みんなより早く登校し、校舎のまわりのゴミ拾いをしていました。大人でもボランティアなどを毎日やり続けるというのは、たいへんなことだと思いますが、15歳の勝幸少年は頑張りとおしました。
 ある日の放課後、勝幸さんともうひとりの生徒と私とで、たまたま話をする機会がありました。そのときに勝幸さんが、「将来は政治家になりたいんです」と話してくれました。私は「なるほどなあ、ピッタリだ」と思いました。
 その思いを遂げるために、大学では政治や法律を勉強され、そして参議院議員の市川一朗先生のもとで、政策秘書として10年間、さまざまな多くのことを学ばれ、政治家になっていくべく力を蓄えられて、今日に至ったと思っています。
 3月11日以降は、被災地に何度も足を運ばれて、ボランティア活動をされたそうです。その話を伺って、いかにも勝幸さんらしいと思いました。そして、被災地のみなさまへの思いと、被災地への復興の思いの両方が高まって、今回の立候補に至ったということは、私には深く理解できます。
 勝幸さんはいつもよく周りを見ています。周りの方々の言葉に耳を傾け、心を推し量ることができます。思いやりがあって誠実で行動力のある少年が、そのまま大人に成長されたことを、本当に嬉しく思っています。
 勝幸さんの頭の中には、「明日の宮城県」というもののありようが、すでにあると思います。それに向かってどのような手立てをとっていけばいいかということも、頭の中におありになるはずです。口に出して偉そうに言うことは決してありませんが、闘志を内に秘めた青年です。
 一方、そういう傍ら、中学校を卒業したのちに何度かクラス会を開かせていただいたのですが、その折には、カラオケで流行りの歌を率先して歌うような気さくさも持ち合わせております。
 このようにみんなの中に溶け込みながら、みんなを引っ張っていく、誰もが認める本物のリーダーだと思っています。
 今回、この選挙にあたって、ぜひともひとりでも多くの方々に、勝幸さんのお人柄と人間性、それから卓越したリーダーシップと行動力を、ぜひとも知っていただきたいと切に思っています。見事当選して、政治家のとしての第一歩を、ぜひ踏み出してほしいと心の底から思っています。私も微力ではございますが、陰ながら応援していきたいと思っております。みなさまどうぞよろしくお願いします。

※     ※     ※

 次に、沖野幼稚園時代の恩師であり、現在若林区で「ちびっこひろば保育園」の園長をされている平間恵子先生より、お言葉をいただきました。

●平間恵子先生──

 私は渡辺勝幸くんが5歳のときに、1年間だけですが、担任をしました。
 今、中学校時代の先生のお話を聞いて、「私が思っていたとおりに、勝幸くんは素晴らしい青年に育っていったんだなあ」と感じ、とても嬉しく思いました。
 さて、今の政治を見ると、「本当にこのままでいいのか」と強く思います。3月11日の大震災があり、現在も実行してもらいたいことはたくさんあるのに、何も進んでいません。
 この世の中をよくしていくためには、ボランティア精神を持ちながら、そこから何かを見つけて、政治や政策にいかしていく勝幸くんに活躍してもらいたいという気持ちでいっぱいです。
 勝幸くんは10年間も政策秘書をされました。国の政策にも精通している勝幸くんは、宮城県の議員として必要な方だと思っています。たくさんの議員さんがいますが、国へ政策を提言していくということは、政策に精通していなければならず、たいへん難しいことだと思います。しかし、当の本人はこれまで国の政策に携わり、国を動かす経験をされてきた方です。私は自信をもって勝幸くんを送り出していきたいと思います。
 勝幸くんは本当に誠実です。そして、一見おとなしそうですが、仙台一高では応援団長もされていて、応援団のトレードマークであるボロボロの学ランを身にまとい、バンカラスタイルで高校へ行かれていました(笑)。
 本当に誠実で、真面目で、行動力があるという方は、なかなかいません。勝幸くんはキラキラ光っていると思います。このキラキラ光っている36歳の青年を、私たちの力でなんとか県政に送り出していきたいと思っています。ひとりだけでもよろしいですので、みなさん、どうぞ周りの方にお声がけをいただきたいです。私も勝幸くんを宝物の息子のように思っておりますので、ご協力をどうぞよろしくお願いします。

※     ※     ※

 ここで、渡辺勝幸より決意表明がありました。

 渡辺勝幸は、「『全国に誇れる宮城をつくる』という決意を実現できますように、どうかお力をお借りしたいと思います。よろしくお願い申し上げます」と力強い強い決意を述べ、支援者の熱烈な拍手をいただきました。

※     ※     ※

 そして、渡辺勝幸の高校と大学の先輩でもあり、渡辺勝幸後援会顧問である福島経一氏より、みなさまへのお願いが述べられました。

●福島経一氏──

 私は、渡辺くんが市川一朗前参議院議員の政策担当秘書だったときに、高校と大学が同じということで知り合いました。そのときは渡辺くんが政策担当秘書になったばかりのときで、まだ大学院生でしたが、当時からすごく優秀な方だと感じておりました。
 現在の宮城県議会議員をみると、頼れる方が少ないなと感じています。村井知事があれほど頑張っているのに、県議会の人たちにもっとしっかりしてもらわなければいけないと危惧しています。
 渡辺くんは自分からはあまり言いませんが、宮城県の首長が頼りにするほど、政策について深く知っている人間です。
 市川一朗先生は、国土庁の事務次官までやった方で、政策は何を考え、どこを押したらどういうかたちで予算がついて流れてくるかということを、一番よく知っていました。ですから、宮城県の首長は市川一朗先生へお願いに来るのです。
 首長がお願いに来ると、市川一朗先生はその政策について渡辺くんに調べさせ、その詳細な報告を受けて、「では霞が関の○○へ行きなさい」と指示を出していました。それで宮城県の各市町村長さんがたいへん助かった部分があるのです。
 しかし、今、そのような方がいなくなってしまっている。それで一番困っているのは、宮城県の首長たちなのです。
 今でも、宮城県の首長は渡辺くんのところに頼みに来ているのです。そして渡辺くんはきちっと各省庁へ足を運んで、「こういうことをお願いできないでしょうか」と伝えています。このような能力のある人を、私は絶対に宮城県の中に送ってやりたいと思っています。
 渡辺くんを売り込んでいくために、ぜひ、みなさまのご協力をいただきたいと思っています。
たとえば、友達や知人を集めてご自宅のお茶の間に集めていただいて、その中に渡辺くんを呼んでいただいて、渡辺くんとお話していただく機会をつくっていただきたいと思っています。これを「お茶の間懇談会」というのですが、彼に一度会えば、彼の良さはすぐにわかってもらえます。できるだけ、多くの方に会わせていただけないでしょうか。会うことによって、彼の良さを知り、「渡辺勝幸はいい人だよ」と感じる人が増えていくことが、広がりの基盤になっていきます。
 ぜひ、このような素晴らしい青年をみなさまのお力で、政治の場に押し上げていただきたいと思いますので、ぜひご協力をよろしくお願いします。

※     ※     ※

 会の最後には「がんばろうコール」を行いました。
 「がんばろうコール」のリーダーである、渡辺勝幸の高校時代の同級生・仙台一高46回生の小畑文平氏が、コールの前にお話をされました。

●小畑文平氏──

 今日はここに1冊の文集を持ってきました。
 私は仙台一高時代、剣道部でした。剣道部の副将に小金森徹という人間がいました。
 この文集の表紙に大きく写っている人物が、小金森徹です。
 この小金森徹という人間は、志を高く持った人間で、勝幸とふたりで「この世の中を変えていこう」という目的で、「新風会」という会をつくりました。その会では、政治・経済・文学などについて幅広く学び、議論し、発表するなどの活動を続けていました。私も東京の別の大学におりましたが、勝幸と小金森から声がかかりました。彼らは、大学の垣根を越えて、東京の各大学の学生に連絡をとり、活動を広げていました。
 しかし、小金森徹は大学3年生のときに、急に亡くなりました。
 小金森徹が亡くなった直後、勝幸は、各大学の小金森徹を知る人に声をかけ、たくさんの原稿を集め、小金森徹を追悼する文集をつくりました。それが、今日、ここにある文集です。
 このように、心と、実行力と、リーダーシップのある渡辺勝幸を、ぜひ私は政治家になっていただいて、世の中を変えてもらいたいと思っています。
 今日は、私の子供がふたり来ています。泣き声がうるさくてご迷惑をおかけしたと思いますが、「世の中をつくる」ということは、私にとってはこの子供の将来をつくることだと思います。渡辺勝幸にぜひこの世の中を変えてもらうために活躍していただいて、それを私たちが応援していきたいと、心から思っています。ぜひみなさまのご協力をよろしくお願いします。

 そして、小畑氏のかけ声のもと、参加者全員の気持ちがひとつになった力強い「がんばろうコール」が、高らかに会場内に響き渡りました。

※     ※     ※

 閉会後も熱気はなかなか冷めやらず、ご参加されたそれぞれの方が、渡辺勝幸への支援への気持ちを確かめ合っておられました。
 これからもこのような会を開催していきますので、ぜひお誘いあわせのうえご来場ください。多くの方々のご参加を、心よりお待ちしております。



全文は、

公式サイト
http://www.watanabekatsuyuki2011.com/topics/20111020.html

をごらんください。
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