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昭和14年、ビール界は生産173万5000石という最高記録を達成、
山本は絶頂期を迎えていました。

ビールの原料である大麦や砕米も、
食糧に影響のないよう、
お上に迷惑をかけずにとやってきていましたが、

昭和20年5月、ときの大蔵省主税局長池田勇人氏に呼び出されます。
会議室には、陸軍と海軍の幹部も臨席、


「もうわれわれは安閑としてビールを飲んでいられるときではない。

 一部の工場を軍へ渡してもらう。

 その工場で、居抜きのままの設備と原料を使って醗酵をやり、それから液体燃料を造って航空用にする」

はじめから命令でした。


大工場の目黒とキリンの広島工場を渡せと言われ、
翌朝目黒工場に政府関係者が視察にやってきます。

しかし皮肉なことに、前夜の空襲で工場は全焼。

「山本五十六元帥は、航空機上では炭酸ガスが不足するので、
 ビールと一緒に炭酸ガスを飲んで耐久時間を長くすると言われていた。

 ビールを造ることも国策ではないか」

と山本は主張するも、

とにかく、工場二つと手持ちの原料をみな出せとのこと。


これではビール会社は完全にお手上げ。
七十年近く続いたビール業の幕をここで閉じるのかと思ったそうです。

まもなく、山本の自宅も焼失、大阪の家も空襲でやられます。

そして八月の終戦を迎えました。


不幸中の幸いは、ビール工場の軍需転換が途中でストップしていたこと。
もう半年も戦争が続いていたら、
相当の打撃だったろうと山本は述べています。

いったん生産設備を失い、
ビールが出ないとなればホップの栽培も打ち切りとなります。

ホップ、酵母、麦を元通りに回復するには、
少なくとも五年や七年の歳月を要したことだろうと。



戦後昭和21年、GHQの占領下で、またもや、
酒はすべてストップ、原料は全部供出しろとの命令が下ります。


この命令が出る前に、GHQの経済科学局最高顧問だった、
リチャード・A・メイという友人が、山本を訪ねます。

リチャードは、GMの四代目の日本代表者だった男で、
山本に

「日本のビールはどうなるのかね」

とたずねます。

山本は率直に、

「最高170万石までになったが、現状では50万石前後しかできていない。
 麦が20万石あれば何とか続けていけるんだが。」

と話します。

この後、リチャードは、マッカーサーに説明し、

「日本の食糧生産は戦争のため昨二十年が最低記録で、

 米は4500万石、雑穀は1500万石しかできない。総計6000万石。

 ところでビールの製造を続けるのには麦が20万石あればよろしい。

 300分の1。たった一日分の食糧ではないか。

 食糧配給を一日ずらせば日本人にビールが飲ませられるのだ。

 こういうことを考えてやるのが米国の占領政策ではなかろうか」

と述べ、GHQの人たちも納得したのだそうです。
しかもビールだけではなく、酒類全部が助かりました。



また戦後間もなく、独占禁止法ができることになり、
当時の日本のビール界では、

山本のいた大日本麦酒が七割五分のシェアを占めていたため、
問題とされました。

そこで、会社を二つに分けることにし、
社員は同じ学歴、同じ能力のカップル(一対)の組み合わせを
つくって双方に分かれさせる。

工場も全国的に平均し、
生産能力も販売地盤も均衡のとれた理想的な二分割案をつくったのでした。

そして昭和24年9月1日、
朝日麦酒、日本麦酒が分離、発足しました。

現在のアサヒビールとサッポロビールですね。



山本は、ロータリークラブ活動や外国音楽家の招へいなど
企業外活動にも熱心に取り組みます。

いまでもアサヒビールのCSR活動は熱心ですね。

大正12年にはヴァイオリニスト、ハイフェッツを日本に招きます。
ハイフェッツの話は、なるほどなあと思いました。


────────────────────────────────
【引用ここから】


ハイフェッツは言葉を続けて言った。

『山本さん、あなた方は日本にいて何も苦労がない。

 島国で一系の皇室をいただき、同じ言葉を使い、

 ともに喜び、ともに悲しむことができる。

 実に幸福だ。

 私の生まれたエストニアは、ヨーロッパ戦争のため、
 ドイツ領になったりロシア領になったり、
 国際連盟の管理になったり、六たび国籍が変わった。

 われわれの国では財産というものがもてない。

 結局、身につけたものよりほかに、財産はないのだ。

 学問とか芸術とか、身体についたもの以外は財産ではない。

 あなた方から見れば音楽で明暮れるわれわれの生活を楽しいように思われるかもしれないが、
 はなやかなわれわれの生活の裏は実に涙なのだ』

(中略)

涙を浮かべてせつせつと語るハイフェッツの話に、
私も思わず目がしらを熱くした。

私はこのときハイフェッツの人間性に触れたような気がし、
ひたむきな彼の性格の中に、実に繊細な神経がかよっていることを痛いほど感じた。


【引用ここまで】
────────────────────────────────



山本は、民芸運動への支援、東宝映画の支援、
新大阪ホテルの創立、などなど積極的に
関西地域の発展などにも寄与していきます。


読み終えてみて感じるのは、山本為三郎という人は
根津嘉一郎、宮島清次郎といった先輩に恵まれた人だなあということです。

もちろんそれは、山本自身が父親ほど年の離れた先輩と
媚びず、しかし誠実に礼儀正しく付き合ったからこそなんだろうと
思います。


根津嘉一郎は、山本いわく

「目下の人には将棋の駒を落として付き合うことのできる人」

だったということで、
これもまた懐の深さを感じさせます。




現在のアサヒビールは、ビール類シェア首位。
総合酒類・飲料メーカーであり、カゴメの筆頭株主。
自販機でカルピスと連携もしています。

東日本大震災で操業停止中の福島工場(福島県本宮市)が
6月中に再稼働する見通しとなったそうで、
東京電力管内以外の工場ではフル生産をするそうです。

この夏はビール系飲料を1割増産するそうで、
アサヒビールは攻める夏となりそうです。







私の履歴書─昭和の経営者群像〈3〉
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