震災から八年─政治を志して八年 - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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震災から八年─政治を志して八年

2019年03月11日 23:59


本日3月11日で、

東日本大からちょうどの月日が経ったことになります。

同じようにこの日は、
地元六郷地区の東日本大慰霊祭に参列います。
この地区では126名の方が犠牲となられまた。

は3月2日に、
六郷東部地区地域モニュメント完成式典・除幕式が開催され、
地元六郷地域で時に犠牲となった方々の鎮魂、
慰霊表象するモニュメントが完成た。


は、私も子供のころからよく遊びに行っいた、
深沼海岸、荒浜地区の慰霊の碑で14時46分迎えまた。


遺構荒浜小学校は、近多くの方が訪れる施設となり、
の観点からも全国、そ世界からいただきたい施設の一つです。


という月日は長かったような短かったような、
不思議な感覚ですが、

いまでもテレビや新聞等であのときの映像が目に入ると、
涙が出まいます

旅立っまったあの友人やこの友人など思い出ます。



というと四の倍数になりますので、
私にとっは選挙のとなります。

平成23、あのがあり、
その後の地域での様々な活動私は県議選に出馬、
「落選た」た。

そういう意味では、
東日本大で被たというだけではなく、
政治す大きなきっかけになったからの月日が経ったともいえます。


からが経過たが、
まだまだ復興が完遂たとは言い切れません。

ハードの面だけではなく、
ソフトの面でもまだまだということ
県政の様々な場面におい感じるところです。


先日の県議会でも取り上げまたが、
地域交流拠点施設の整備が仙台市東部地区でも予算計上されまたが、

集会所整備たり、ソフト面の支援進めるなかで、
た地域のコミュニティ再生いくための取組が、
ようやく始まりそうです。

そういう意味では公約の「つくる」
ようやく被地で実現できたということで、
私にとっもこれからが本番であるというように感じいます。


だいぶ避難者の数は減りまたが、
それでもまだ全国で約5万2千人の方が避難続けいます。


まもなく国の復興長期計画十迎えますので、
ここからが宮城県にとっ
東北にとっ本当の勝負になるように思います。

つらく厳い時代予感ながらも、
全国、世界の皆さんからのありがたい感謝の気持ちも
私の心には深く刻まれいます。


ーーーーーーーーーーー

あのとき。
直後の信号機が壊れた仙台港近く通ったとき、
車の誘導いるパトカーは、

「沖縄県警察」でた。

岩沼で見かけた給水車は、香川県の

「丸亀市」

の支援によるものだったこと目の当たりにた。


地元の沖野中学校の避難所には、
後すぐに「京都市」から支援いただきまた。


沖縄のパトカー仙台で見ることなどもうないでょう
水不足で有名な香川の給水車から
この宮城県で水いただけるシーン見ることも、
もうないことでょう。


からわずか数日で、
全国からこのような応援たくさんいただいたことに、
も驚きま

その後も全国、全世界から応援いただいたことは、
本当にありがたく、
力強い心の支えだったと思い起こされます。


避難所で新学期に文房具がないということ知り、
このメルマガなどで発信
全国、全世界からほんとうにたくさんの文房具送っいただきまた。


ありがたい気持ちが、
私たちの心にいまでも深く刻まれいます。


思い起こすと、
私自身もあの日、
あの日からいろいろなことが一変た。

この間の私の人生は、
振り幅が大きい間だったと思います。


流すことも、
い思いもたくさん
つらい思いもたくさんた。

どんな窮地に陥っも、

「いまここにこうやっ生きいる、
 命があることだけでありがたいことだな」

と必ず思えたことで、
この厳い時乗り越えることができたように思います。


これから訪れる人生の荒波に直面も、
きっとそう思えることでょう。

いま思うと、がなかったら、
宮城県のために力尽くそうと、
いまほど思っいなかったかもれません。


ーーーーーーーーーー

その昔、宮城谷昌光の小説『孟嘗君』読みまた。

孟嘗君は中国戦国時代の政治家です。

この小説『孟嘗君』の登場人物に、
伝説の商人と言われた
白圭が出きます。

白圭も、中国戦国時代の政治家で、
孟嘗君赤ん坊の時に拾い、
た人です。

私財民のために投じ、
黄河の治水工事自ら采配行ったと言われいます。

この白圭は死の直前、孟嘗君から

「私くれありがとうございます」

と礼言われた時、以下のように言っいます。

「それは違う。
 お礼いうのは私の方だ。」

「助ける者は、助けられる者によっ
 幸せになれるのだ」

この言葉が私のなかで印象に残っいまた。

もう何も前に読んだ本ですが、
いま実感とわきあがるものがあります。

助けることで、
ただそれだけで、
幸せになれる。

ーーーーーーーーーーーー


以後、多くの方にご支援いただきま
宮城県も国から多くの交付金、補助金いただき、

全国の自治体からいまなお、
多くの職員の方々に応援いただいいます。


本当にありがたい限りですが、

これからは、
私たちが多くの方に、
全国の方々の力になれるよう努力いきたいと思います。


まだまだ復興は道半ばではありますが、

私たち東北の人間が、
日本のために、世界のためにどこかで役立るよう、

役立つことで私たち自身が
幸せ感じられるように
なっいかなければならないと思っいます。


この間、
いつ死んでもいいという思いで、
あらゆることに取り組んできまたが、

ここからさらに、
宮城県政、復興の最前線で
全力尽くいきたいと思います。



東日本大から

●全国の避難者等の数は、約5万2千人(平成312月7日現在復興庁調べ)
⇒ http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-1/20190227_hinansha.pdf

●全国のの死者数は、15,897人(平成313月8日警察庁緊急害警備本部発表)

●全国のによる行方不明者は、2,533人(平成313月8日警察庁緊急害警備本部発表)
⇒ https://www.npa.go.jp/news/other/earthquake2011/pdf/higaijokyo.pdf

です。


まだまだ何も終わっいませんが、

「破壊されるものがあれば、
 そこには必ず創造されるものがある。」

そう信じながら同時に、

宮城県の政治家と
地域のみなさんの先頭に立っ
「つくる」活動続けいきます。

ともに、がんばりまょう!!






から後に生まれた小学一生がまもなく入学」(H30.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2459.html

から─小学一生は卒業式」(H29.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2298.html

から─「復興・創生期間」ここからが勝負!」(H28.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2121.html

「東日本大から─破壊から創造」(H27.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1726.html

「つくるの原点─からになりまた」(H26.3.11
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1354.html

「東日本大から─平了のハチマキというバンド」(H25.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-981.html

「東日本大からがたちまた」(H24.3.11)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-607.html



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