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【再録】結婚式当日に人生最大の石炭契約─松永安左エ門(電力中央研究所理事長)その4─昭和時代の私の履歴書

昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、

日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。



私の履歴書─昭和の経営者群像〈9〉



慶應義塾から飛び出した松永は、
福沢桃介とともに職を転々とし、
新規事業を動かし始めました。


そのころの商社が扱う商品としては、
石炭が大きいものでした。

松永も最初は手数料稼ぎでやっていましたが、
ぼつぼつ石炭の販路が広がっていきます。



後年船成金となる山下亀三郎が松永の身辺に現れたのもこのころでした。

山下は横浜で横浜石炭商会をやっていましたが、
北海道の石炭を阪神地方に売り込むため、

桃介の紹介状を持って、松永の協力を求めてきたのでした。


松永は、
福松商会松永御主人様といううれしがらせる手紙をもらって、
神戸の海岸通りの西村旅館で山下と初対面します。

山下は、目の前で二、三十枚の十円札をヒラヒラさせ、
二、三枚を取り出して宿のお手伝いさんに

「これで東京に持って帰るみやげ物を買ってくれ・・・」

などといって松永をビックリさせます。


十円札一枚でも相当な大金でした。

“山下は金持ちだな”と思いましたが、
あとで聞けば、これは芝居であらかじめお手伝いさんに言いつけて、

大金を渡すけれど、言う通り、けっして買うんじゃない、と言い聞かせ、
その二、三十枚も高利の日歩借りの金でした。




さらに松永は、談合破りをやって、
大阪の大手石炭商のこの悪習を解消させます。

本拠を大阪に移したころのことでした。


石炭の納入は、

三井・古河・今西・安川などの大手がやっていましたが、
ほとんど談合で行われていたため、
福松商会のような駆け出しではチャンスがありませんでした。


そこで、

帝国物産という会社から支配人の中西竹次郎という腕のよいのを引き入れて、
入札に顔が出せるようにしました。

─────────────────────────
【引用ここから】

しかし、警戒されていた福松商会の札は
今西林三郎(のちに大阪商議会頭・貴族院議員)商店が預かって入れることになったので、

ほんものとにせものの二枚の札をつくり、
にせものの方を今西の者にみせ、
認めたところで目の前でほんものとスリ代えて入札し、
談合破りをやった。

そのときは落ちなかったものの、結局はこの納入をとった。

スリかえの手品は一晩かかって練習した。

これがキッカケとなって、
長い間の慣習の談合はやんだが、
参加した石炭商は、手下の作業員をつかって

「松永をやっつけろ!」

と暴力をふるおうとしたほど怒っていた。


【引用ここまで】
─────────────────────────


北海道炭を四日市に売り込んだときには
警察ざたになる騒ぎを起こしてしまいます。


この事件で松永の北炭の取り扱いが危なくなってきたので、
北海道炭鉱汽船に復職していた桃介をたずねて東京に行くと、


「君のやることは商売人じゃない。
 全く政治家式だ。

 商売なんかやめて満州ゴロにでもなり給え」


と頭から怒鳴られます。



そして松永の石炭の扱いは、
英国の商社サミエル商会とも提携、

扱い高は次第に増え、
店も大阪・九州に広げます。


そのころ安川敬一郎、麻生太吉らの発議で、
筑豊炭を若松に運ぶために筑豊炭鉱鉄道というのができましたが、

この鉄道で運ばれる石炭の量では、
福松商会の扱い分が住友・安川をしのぎ、
大手最大の三井物産と肩を並べた時期もあったほどでした。

しかし浮沈も激しく、
4円50銭で買い付けたものが半分の2円30銭に下がるかと思うと、
10円にも売れることがあるほどでした。




松永はこのころ、
破産必至の状態から一夜にして大もうけとなったことがありました。


───────────────────────────
【引用ここから】


明治38年のはじめごろ、
旅順は容易に陥落せず、
戦争は長引きそうな気配であった。

そのため一時上がった石炭も下り坂になってきた。

買い取った貯炭はふえる一方で店の財政はひっぱくしてきた。

そんな状態で全く窮地に陥っていたころのことであった。

博多をたって悲壮な気持ちで大阪へ帰る途中、
小倉駅まで来るとものすごい雨である。

山から下りてきたらしい炭鉱作業員にきくと

「二、三日前からの豪雨続きで、
 この調子だとつぶれるやまも出そうです」

という返事だ。

これを聞いた瞬間、
私にとっては天佑だ、助かるという感じがした。

さっそく旅程を変更し、
炭鉱地帯を走り回ってできるだけの石炭を買い付けた。


この豪雨による炭鉱被害はのちのちの語り草になるほどひどかった。

市況は一日で逆転した。

手当てが早かったため、
私は大量の買い付けができ、毎日平均して五百円ずつもうかった。

そのころ米は一升十三、四銭の時代であったから、
いま(昭和30年代)の金に直すとこの500円はざっと60万円ほどに当たるだろう。


【引用ここから】
───────────────────────────


このころ松永は新婚早々でした。
結婚式当日も石炭手当てで飛び回っていました。

結婚式の日は、それまでの松永にとって最大の石炭契約をした日でありました。

のちに第百銀行の頭取になった原六郎の経営していた
大任炭鉱の石炭を一手に引き受けることになった日で、

その調印が終わると、
支配人が、

「今夜はやまに泊まってユックリ飯でも食っていき給え」

といいます。

「婚礼だから帰ります」

「だれの・・・」

「私の・・・」

「自分の婚礼だのにソンナ顔もせず取り引きするやつがあるか」

と冷やかされます。

最終列車にようやく飛び乗って
式場である下関の春帆楼にかけつけます。




しかし山あれば谷あり。

まもなく松永は、またスッテンテンになってしまうのでした。





続きはまた来週に。




私の履歴書─昭和の経営者群像〈9〉




昭和の高度経済成長を築きあげた経営者たちの私の履歴書。
過去の記事はこちらからどうぞ。











(第1085号 平成25年9月3日(火)発行)
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