山田長政─じいちゃんが小学生の時に読んでいた本その14 - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】

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渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 保健福祉委員会委員。
 宮城県議会 地域防災調査特別委員会委員。
 宮城県議会 議会改革推進会議委員。
 宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。
 宮城県議会 決算特別委員会理事。

自由民主党・県民会議
 事務局次長。
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
宮城県議会全国和牛能力共進会宮城大会を支援する議員連盟 副幹事長。
北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。

自由民主党宮城県支部連合会
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
 青年局 局長代理。

仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 常任委員長。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。

東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野東小学校PTA会長。
 沖東夏まつり実行委員会委員長。沖野学園学校支援地域本部協議会副会長。沖野中学校区青少年健全育成連絡協議会副会長。仙台市PTA協議会研修交流委員会委員。若林区まちづくり協議会会員。仙台市立沖野東小学校施設開放管理運営委員会委員長、学校保健委員会副委員長、学校関係者評価委員。沖野中学校区災害対策委員会委員。
沖野東学区民体育振興会参与。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)顧問。沖野学区連合町内会大運動会実行委員会委員。仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。






【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。41歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)
     宮城県議会選挙(若林選挙区)に無所属で出馬

平成24年 林英臣政経塾塾生(東北七期)、大阪維新の会維新政治塾塾生、公益社団法人仙台青年会議所 会員開発委員会委員
平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)初代会長
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤。現職)。
公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。

平成27年 宮城県議会議員【仙台市若林選挙区】に初当選。宮城県議会経済商工観光委員会委員、産業振興対策調査特別委員会委員。

公益社団法人仙台青年会議所 総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所 日本の未来選択委員会委員。



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山田長政─じいちゃんが小学生の時に読んでいた本その14

2014年07月04日 18:00

私の娘も小学生です。

早いものだと思いながら、
自分の小学生のときと同じことをやっているなと思うときもあります。

父も母も、祖父も祖母も、
かつて小学生でした。

そんなとき、
自分のじいちゃんが小学生のころに読んでいた本のことを知りました。


当然戦前日本のお話です。

その本の中からこれはいいなというお話を
みなさんにシェアしたいと思います。



今から三百二十年ばかり前に、
山田長政は、シャムの国へ行きました。

シャムというのは、今のタイ国のことです。


そのころ、日本人は、船に乗って、さかんに南方の島々国々に往来し、
たくさんの日本人が移り住んで、いたるところに日本町というものができました。

シャムの日本町には、五千人ぐらい住んでいたということです。


二十何歳でシャムへ渡った長政は、
やがて日本町の頭になりました。

勇気にみち、しかも正直で、義気のある人でした。


シャムの国王は、ソンタムといって、
たいそう名君でありました。


長政は、日本人の義勇軍をつくり、
その隊長になって、この国のために、たびたびてがらを立てました。


国王は、長政を武官に任じ、
のちには、最上の武官の位置に進めました。


日本人の中で、武術にすぐれ、
勇気のあるもの六百人ばかりが、長政の部下としてついていきました。

長政は、これら日本の武士と、
たくさんのシャムの軍兵をひきいて、
いつも、堂々と戦に出かけました。

長政が、ひおどしのよろいを着け、
りっぱな車に乗り、
シャムの音楽を奏しながら、
都にがいせんする時などは、
見物人で、町という町がいっぱいだったということです。


長政は、こうして、
この国のために、しばしば武功をたて、
高位高官にのぼりましたが、
その間も、日本町のために活動し、
日本へ往来する船のせわをし、
海外ぼうえきをさかんにすることにつとめました。

身分が高くなってからは、
ほとんど毎年のように、
自分で仕立てた船を日本へ送っていました。


長政がシャムへ渡ってから、
二十年ばかりの年月が過ぎました。

名君のほまれ高かったソンタム王もなくなり、
年若い王子が、相ついで国王になりました。

こうしたすきに乗じたのか、
そのころ、シャムの属地であったナコンという地方が、
よく治りませんでした。

そこで、国王は、
あらたに長政をナコン王に任命しました。


そのため、王室では、さかんな式があげられました。

まだ十歳であった国王は、
特に国王のもちいるのとお同じ形のかんむりを長政に授け、
金銀やたからものを、山のように積んで与えました。


長政は、いつものように、
日本の武士とたくさんのシャムの軍兵をつれて、任地へおもむきました。

すると、ナコンは、長政の威風に恐れて、
たちまち王命をきくようになりました。


おしいことに、長政は、ナコン王になってから、
わずか一年ばかりでなくなりました。


長政は、日本のどこで生まれたか、
いつシャムへ行ったかもはっきりしません。

それが一度シャムへ渡ると、
日本町の頭となり、
海外ぼうえきの大立物となったばかりか、
かの国の高位高官に任ぜられて、
日本の武名を、南方の天地にとどろかしました。

外国へ行った日本人で、
長政ほど高い地位にのぼり、
日本人のために気をはいた人は、
ほかにないといってもよいでしょう。





おしまい。




自分のじいちゃんが小学生のころに読んでいた本。


この年になっても、
勉強になるなあと思えるお話がたくさんありますし、

子どもたちに伝えられたらさらにいいなと思って、
不定期にみなさんに紹介したいと思います。





じいちゃんが小学生の時に読んでいた本


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