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電力外債と、西鉄が博多ではなく天神を本拠にした理由─松永安左エ門(電力中央研究所理事長)その10─昭和時代の私の履歴書

昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、

日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。



私の履歴書─昭和の経営者群像〈9〉


松永は、次々と合併をし、
東京電力を大きくしていきました。

しかし、松永の計画は、
昭和2年の暮れには早くも頓挫してしまいます。

財界連が東京電燈と、
松永の東京電力の合併を申し入れてきたのでした。

合併したのは翌年の五月で、
大株主として松永も東電の取締役になったのでした。

しかし松永の東力の進出のおかげで、
東京方面の不当に高い料金が是正されサービスもよくなり、
南葛・江東・京浜地区の工業地帯は大震災前よりも発展します。

そしてこの時に電力を余るほど造ったおかげで、
昭和4,5年の世界的不況期を過ぎると、
輸出を急激に伸ばすことができたのでした。

為替安に伴う生産ができたためで、
国全体から見るとむしろプラスでした。



しかし大正10年代から昭和5,6年までの数年間は、
電力業界が外資を盛んに入れた時代でした。

動力需要が日に月に増え、
電気事業は開発の資金調達に苦しみます。

出来ても二年程度の短期資金が多く、
東電や東邦は証券会社をつくって調達と借り換え事務に当たらせていました。

長期資金は特に難しく、
政府も関東大震災の復興資金に5億5千万円の外債を出していました。

東邦電力は電力外債の先例をつくったのでした。

しかしこの外債は、
昭和6年の金輸出再禁止、自由為替の停止以降は、
電力界の桎梏に変わります。

円価が外債設定時の半分以下に下がったので、
元利の負担が経営を圧迫しました。

外貨社債の肩代わりを政府にのぞみましたが、
?橋蔵相は“合理化で切り抜けてくれ”と渋かったのでした。

結局、電力外債は電力統制で政府が継承することになりますが、
それは数年のちのことでした。



ところで、東電と東力が合併した直後の昭和3年5月から
松永は東邦電力社長になっていましたが、
傍系事業のなかで力を入れたのが九州鉄道でした。

この会社は、昭和17年に、
九州電気軌道、福博電車、博多湾鉄道、筑前参宮鉄道の四社と合併して、
西日本鉄道になりました。

この西鉄の半分は、九州鉄道の資産、事業でした。

福岡─二日市間の工事は大正9年にできましたが、
このとき天神町を起点にしたのは次のような事情からでした。

───────────────────────────
【引用ここから】


博多駅を起点にすることは、国営鉄道側を喜ばす一方、
そのころ福岡市民のなかには福岡側の繁栄策を望む声が強かった。

福岡市といっても、中州を境に博多と福岡に分かれ、
博多は神屋宗湛以来の商業地であるが、

福岡側は旧城下町を主体に住宅街をなしており、
福岡市は下町と山手に分かれていた。

その福岡というわけである。


そこで天神町に着目したのであるが
柳原白蓮が住んでいた伊藤伝右衛門の“あかがね御殿”や取引所の建物くらいが目ぼしいもので、
まだ静かな住宅街だった。

地元の小幡一という男に依頼して、
この辺の土地を買い付け、九鉄の本社を天神町に置き、ここから工事を始めた。

同時に、福岡市の糀屋町で呉服店をやっていた博多の古い商人中牟田喜兵衛を説きつけて、
ターミナル・デパートを建設させることにした。

このため、中牟田を小林一三に紹介してその援助を頼んだが、
これが現在の岩田屋百貨店である。

また、このとき九鉄の付帯事業につくったのが春日原球場で、
これは長く九州の“甲子園”だった。


そこで天神町に着目したのであるが
柳原白蓮が住んでいた伊藤伝右衛門の“あかがね御殿”


【引用ここまで】
───────────────────────────


西鉄の天神と博多が距離があることに理由があったのだと初めて知りました。

福岡にとっての西鉄はいまでも大きな存在ですね。






続きはまた来週に。




私の履歴書─昭和の経営者群像〈9〉




昭和の高度経済成長を築きあげた経営者たちの私の履歴書。
過去の記事はこちらからどうぞ。




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