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私が小学生の時に会社をつくった話

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私は小学校高学年の時に友達と会社をつくったということがありました。

けっこう本格的に株券を発行して、資金を集め、
ファミコンソフトの転売をしたり情報誌をつくったと記憶していますが、
当時の詳細はあまり覚えていません。

会社をつくるというのはおもしろそうだと感じたきっかけの一つは、

那須正幹著、前川かずおイラスト『うわさのズッコケ株式会社』 (こども文学館) 1986/7/1
⇒ http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4121025156/cuccakatsu-22/ref=nosim

でした。
この本を読んで面白そうだと会社について調べ、
本屋さんに行って商法の本を読んで株式会社はどういうもので、
仕組みはどんなものかということを研究しましたね。

いま思うと変わった小学生でした。

学校の視聴覚室で株主総会をやったりもしました。
けっこう友達を中心に盛り上がり、
お小遣いから株券を買ってくれる子もいたりして、
事業は大きくなっていきました。

やっているうちに楽しくて、
友達と次から次へといろんなアイデアを話し合い、
実行していき、仲間を増やしていきましたが、

ある日、株主を集めて視聴覚室で株主総会をやっていたところ、
一人、となりのクラスのおとなしめの友人も参加していたのですが、
となりのクラスのいじめっこに、

「なんだお前、となりのクラスの奴らと視聴覚室で何をやっているんだ」

とつるし上げられ、やむなくその子が事情を話したところ、
すぐに学年主任の先生に事業内容や株主総会について告発されてしまいました。

学年主任はベテランの女の先生でしたが、
学校でお金のやり取りをするとはけしからん、会社のまねごとをするとはけしからん、
ということで、私をはじめ取締役一同が職員室に呼び出され、
厳しくご指導をいただき、会社は即日解散、
株主にお金を返還するということがありました。

私の担任の先生はそれを聞いて、
「まあ、そんなに悪いことではないと思うけどなあ」
とは言ってくださいましたが、
私が初めてつくった株式会社は、
あっという間に解散となったのでした。


あれから30年以上がたち、
現在は小学生が起業家教育を受けて、
株式会社を設立するという、「ファイナンスパーク」「ステューデントシティ」など、
お金についての勉強を子供のころからしていこうという流れが生まれており、
キャリア教育の一環としても新たなカリキュラムが提供されています。


「仙台子ども体験プラザ」が開館します(発表資料)(2014年)
⇒ https://www.city.sendai.jp/sesakukoho/shise/gaiyo/shichoshitsu/kaiken/2014/07/taiken/shiryo.html


私にはよくあることですが、時代を先取りしすぎて、
30年以上前に先生にこっぴどく叱られた経験ではありますが、

会社の仕組みを知り、世の中のビジネスについて関心を持つ子供たちがたくさん生まれることで、
次の時代のビジネスや産業をつくる、そんなシステムを
これからはさらに充実していく必要があると思っています。

私も先生にはお叱りをいただきましたが、
いまとなってはよい経験をしたなと思い出すところです。



宮城県議会建設企業委員会で県内調査―石巻港(石巻市)、姥ケ懐調整池(村田町)を訪問

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本日5月29日、
宮城県議会建設企業委員会の県内調査で、
宮城県内の石巻港(石巻市)、姥ケ懐調整池(村田町)を訪問しました。


●「廃棄物埋立護岸及び雲雀野北-12m岸壁工事について」(宮城県石巻港湾事務所等)

⇒ https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/is-kouwan/index.html

国際拠点港湾仙台塩釜港の石巻港区は、
原材料・燃料の輸入拠点となっており、
紙パルプ関連、木材・合板、資料関連産業が集積しています。

東日本大震災後、この港は周辺も含め廃棄物焼却や砂利等の輸入など、
復興の拠点でもありましたが、
新たな産業の拠点に変化してきています。

今年7月には、石巻ひばり野バイオマス発電所も運転を開始するとのことで、
新たな動きも出てきています。

震災後に津波堆積物が流入し埋没が発生している航路・泊地の浚渫を、
国の直轄事業として進めることになり、
県としても廃棄物埋立護岸の整備を進めています。

「カーボンニュートラルポート」と言われていますが、
港湾も環境にやさしく脱炭素を進める先進的な取り組みも進めているようです。



●「高区・低区連絡管整備事業について」(姥ヶ懐調整池・村田町)

仙南・仙塩広域水道用水供給事業における、
「高区・低区連絡管整備事業」について。

今年の1月に運用を開始したこの事業ですが、

平成20年に岩沼市において発生した漏水事故により、
低区系の受水市町への送水が3日間にわたり停止したということがありました。

平成25年度に高区系からのバックアップ管路となる「送水連絡管」の整備事業に着手、
約110億円の事業費により完成、
仙南地域の水道用水の安定供給に資する重要な事業であると感じました。



────────────────────────────

以上、港湾事業と水道事業について、
県内の取組について調査をしたところです。

書面では見ていたものの、やはり実際の現場で見てみると、
港湾や水道だけではなく、道路との関連や復興事業との関連、
他の分野の技術的な関心を持つ機会ともなり、
一か所の調査から横展開して調べるべきことが増えてきます。

県内各地で、宮城県行政が様々な事業を推進していることをあらためて感じますし、
県職員の皆様はじめ関連業種の皆様のおかげで、
県民生活が守られていることを実感する機会ともなります。

インフラツーリズムも注目されていますが、
こうした県内各地、全国各地のインフラ施設の存在を大切にしていきたいものですね。


お忙しいところ、県内調査の機会をいただいた皆様に、
心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。


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「仙台一高・仙台二高野球定期戦」を観戦し高校時代を思い出す

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昨日5月13日、

「第78回仙台一高・仙台二高野球定期戦」を観戦しました。

私の母校でもある仙台一高の学校行事であり、
OBOGはじめ仙台市民の間でもこの季節は話題になる、
伝統行事でもあります。

この試合は楽天モバイルパーク宮城、旧宮城球場で開催されましたが、
この数年はコロナの影響によりさまざまな制限がありました。

今年は数年ぶりに制限のない試合開催であり応援も大いに盛り上がりましたが、
試合結果は、

仙台一高1-0仙台二高

しかも仙台一の三瓶高広投手がノーヒット・ノーランを達成するという、
両校ともにレベルの高い野球の試合となりました。


思い出すと、私は仙台一高の応援団長を務めていましたので、
この一高二高定期戦は、高校時代最も力を入れていた行事であったといえます。

たまたま昨日は応援席に、
同級生であり、現在仙台一高の先生をしている友人がいたので、
昔話をしながら、いまの高校生の様子をうかがいましたが、

当時も今も、応援団長はカリスマを演出するために、
一年生の前には姿を現さないという不文律があり、

私も四月から定期戦のこの時期までは、授業に出席せず、
応援団室で勉強して過ごすということがありました。

いま思うとあまり合理性はないような気がしますが、
当時はそういうものだということで私も団室に籠っていたことを思い出します。

しかしながら、応援団幹部の朝練があるため、7時ごろには学校に登校、
みんなが帰った夜中に家に帰るということを繰り返していて、
受験勉強は早朝に早起きして集中してやったことを思い出します。


また定期戦という行事も応援に関しては学校ではなく応援団が仕切り、

一番町を練り歩くアピール行進や、
当日試合を開催する球場までの臨戦行進や帰りの凱旋行進について、
これがデモ行進扱いになるため、応援団幹部が警察署に出向いて書類提出など申請をし、

また試合に勝った場合はファイヤーストームということで校庭の真ん中に火を燃やしてストームを行うため、
これまた消防署に申請書類を提出するということも、応援団幹部である高校生がやっていました。

応援練習の計画はゴールデンウィークもすべてつぶして実施し、
新入生の応援練習、また応援につかうのぼりの製作や団旗を立てる竹を用意すること、
全員が購入する高下駄の準備を下駄屋さんと調整したり、
球場に設置するハリボテなどの製作や、
球場に運ぶ応援の機材をトラック会社に依頼して運んでもらうなどなど、
すべて高校生が自主的にスケジュールをつくり、予算も含め実施するというものでした。

当日の数時間はとても盛り上がる応援合戦ではありますが、
その当日までに数か月をかけて、学校の授業はそっちのけで、
さまざまな準備をするということをしてきましたので、

いま思うと貴重な経験をしたなと思いますし、
現在の自分につながっている、自らの原点でもあったなあと感じます。

仙台一高の応援団長というのは当時もそうでしたが、
いまでも結構なプレッシャーでもありますので、
それなりに自らを高める努力をせざるを得ない貴重な立ち位置でもありました。

いまの自分は過去の自分の積み重ねによって出来上がっている、
そう考えると、愛校心を涵養し、
何かのために、誰かのために、自らを投げ捨て全力で取り組む機会を、
10代のときに得られたというのは本当に貴重なことであったと思います。


当時は定期戦は三日間にわたり開催されていましたが、
高校三年生の時は初日に負けて、二日目に勝利し、
勝負をかけた三日目に雨で中止となり総合引き分けとなったことが今でも記憶に鮮明に残っています。

平成5年の初夏のことでした。
今からちょうど30年前です。

応援団は野球部が負ければ自らの応援が到らなかったととらえ、
野球部が勝利すれば、その実力を心から称える、という考え方でした。

どの学校の応援団もそうだったと思いますが、
近年は応援団的なものは「昭和の遺物」ととらえられがちですし、
私自身も昭和的になりがちですので、
時代にそぐわないととらえられないよういろいろと気を付けるようにしています。

変えてはいけないものもありますが、
変えられるものはしっかり変えてよりよいものにしていってほしいものです。

あれからちょうど30年がたち、
母校はバンカラな男子校から共学校へ変化し、
女子の応援団長も誕生したりするなどしていますが、

定期戦を通してまた応援を通して、
学べるものの根源的なものを、
次の時代の高校生たちにも継承していただきたいなと思うところです。


あれから30年が経過した、令和の時代の渡辺勝幸は、
宮城県をはじめ全国の有為な政治家の応援を続けながら、
今後とも頑張っていきたいと思います。


(第4625号 令和5年5月14日(日)発行)


本日誕生日を迎え、48歳となりました!

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昭和50年5月10日に生まれた私は、
本日、誕生日、
48歳を迎えることができました。

卯年、年男の48歳です。

生まれてから17,532日目です!


この世に生を受けたことに感謝し、
いままでの人生を振り返りながらも、

これからもよき人生となるよう、
さらに世のため人のために頑張っていきたいと思います。


いままで大きな病気もせず、
健康にここまで来ることができました。

また何度か死にかけたことはありましたが、
無事、48年間健康に生きてこられたことに感謝です。

だんだん健康であることのありがたさを実感する年齢になってきました。

そしてうちの子供たちもしっかりしてきましたし、
人生後半戦に入ってきましたので、
「次の世代をつくる」ということも意識していかなければと思っています。



ちなみに六星占術でいうと、
私は水星の陰、今年は「種子」で、新たなスタートとなる年とのこと。

今後の人生のための準備をすることで、土台を固めることができると。

占いなどはあまり信じない方ですが、
日々の戒めとして、こうしたものも、
自重するきっかけとしたいと思っています。

ちなみに私の大殺界は
平成20年から22年、令和2年から4年で、
確かにいろいろあったなあと思い起こされます。

そして12年前、東日本大震災のあった平成23年が「種子」。
物事を開始する時期でした。
前回の卯年ですね。


実際はその後、落選期間の四年間を経たわけで、
震災後4年間も大殺界だったような気もしますが、

いずれにしても、
占いなどで厳しい知らせをいただいたら自重し反省し、

運気がよいと言われたら節制する、
そう考えるようにしています。

目の前にある、やるべきことを、
一つ一つ、精一杯取り組んでいくしかありません。



いつも誕生日であるこの5月10日の前後は、
自分自身を変えていくための努力期間であるとして、
何かしら変化の時期ととらえています。

自分の誕生月だからというわけではありませんが、
私の地元仙台は一年のうち、
最もすてきな季節がこの5月だと思っています。

芽吹く緑がとてもいい季節で、
何かが始まるような予感がする、すがすがしい季節です。


そして私は毎年、
誕生日を迎えたことに感謝しているのですが、

「生きているというだけで、
 決定的に誰かの役に立っている。」

そう考えるようにしています。


もし私がこの世からいなかったらどうなっているか。

私が単に生きているというただそれだけで
誰かの役に立っていると考えれば、

私がこの世にいなかっただけで、
誰かの人生が悲しいものになっていたり、
世のなかが暗くなっていると仮定できます。


これは私だけではなくどんな人でも、
すべての人が同様であり、

「生きているというだけで、
 決定的に誰かの役に立っているのだ」

と思うわけです。

どんな人であっても、その人生は、
誰かの人生に必ずよい影響を与えているんだと。


いずれにしても私は今日をもって48歳、
まもなく50歳の大台が照準にはいってきましたが、

さらに一歩大人の男として、
この一年も頑張っていきたいと思います。



48歳で亡くなった有名人を調べてみると、

上杉謙信、徳川家光、ウィリアム・ピット、
天璋院、新島襄、
アル・カポネ、ホイットニー・ヒューストン、
逸見政孝、坂口安吾



そうそうたる人物がたくさんいますが、
誰もが48年間、精一杯生きたのだと思います。

まだまだ天が与えた使命が私にあるのであれば、
引き続き全力で、48歳の一年も頑張っていきたいと思います。


この世に生を受けたことに心から感謝し、
そして48年間たくさんの人のお世話になりましたことにあらためて感謝し、
48歳らしい一年を過ごしたいと思います。

引き続きみなさまのご支援を賜りますよう、
どうぞよろしくお願いいたします。


渡辺勝幸応援団から、令和4年政治活動についての講評

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「宮城県議会議員渡辺勝幸令和4年県政年間活動報告」が完成しました。

昨年、令和4年一年間の議会活動を中心に、
様々な活動を報告した内容となっています。

この年間活動報告は、平成24年の活動報告以来、
11回目の発行ということになります。

日々の活動や議会質問の内容などをお伝えしていますが、
最後に毎年、私の同級生である佐藤由樹さんに
活動の講評を書いていただいております。

客観的に一年間の活動を端的に書いていただき、
私自身も指針としている大事な文章です。

ありがとうございます。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【渡辺勝幸応援団から、令和4年政治活動についての講評】


令和4年、2022年は渡辺勝幸にとって県議7年目となった。
2期目となる県議の任期も終盤の時期を迎え、充実の活動を展開してきた。
この1年、渡辺は特に「政策をつくる活動」に邁進してきた。
これは渡辺が政治家としてこだわる活動の原点でもある。

県議会においては経済商工観光委員会の委員長として、宮城県経済の発展のための政策推進に取り組むとともに、
コロナの影響で苦境に立たされる中小企業、個人事業主への支援に奔走してきた。
また、少子化対策調査特別委員会でも、日本が抱える少子化問題を宮城県ではどのように食い止めればよいか調査をし、政策提言に取り組んできた。

また県議会は、自由民主党・県民会議の政務調査会長として各会派政務調査会長会議の座長を務めた。
ここでは、超党派で宮城県議会の意見書や決議案をとりまとめる役割を担った。
各県議は様々な立ち位置にあり、もちろん異なる意見もあったが、
細部の文言調整で熟慮を重ね、そのほとんどを全会一致で取りまとめた。
これは渡辺の手腕となるところであろう。

渡辺の志は平成23年、2011年の東日本大震災の経験から生まれた。
即急な対応が必要な震災直後の惨状においても、政治家は政党間の勢力争いに明け暮れ、
遅々として政策が進まない状況があった。
政治家はいったい何をしているのか? 
そのような強い問題意識から渡辺は政治家として立ち上がったのだ
だからこそ、異なる意見を取りまとめて全会一致で進めることは、非常に大きな意味を持つと筆者は考える。

県議会以外の渡辺の活動にも目を向けてみよう。
渡辺が政治家を志した平成23年以来継続してきた街頭活動も、令和4年末で928回を迎えた。
人々の生活の場に身を置いてきたこの街頭活動は、継続の努力が自身を支える渡辺らしい11年間の成果である。

起業家とのネットワークの構築にもなっている「つくる仙台オンライン創業スクール」は第2期を開始した。
前年の第1期は2つの会社が設立し、第2期も1つの会社が設立に向けて動いている。

平成26年から9年目となった東北大学大学院情報科学研究科で非常勤講師として担当する「情報技術経営論」では、大学院生を相手に講義を行った。
講義と公務が重なるときは、起業家をゲストスピーカーとして迎え、生の声を学生に伝える工夫をした。
筆者も「つくる仙台オンライン創業スクール」の第1期を修了し、
起業をした一人として東北大学大学院で講義をさせていただいたが、問題意識が高く優秀な学生たちが、
即戦力となる知識と熱意を最短距離で学ぶための、講義から演習と連綿とつながる学習プログラムがそこにはあった。

こうして令和4年を振りかえってきたが、いよいよ令和5年、2023年10月には宮城県議会選挙が行われる。
渡辺は令和5年の目標の一つに、
「今年10月の宮城県議選において、平成27年(31.28%)、令和元年(28.18%)よりも投票率を上げる(目標32.18%)活動をする」
ということを掲げている。
これは、政治が良くなり世の中が良くなるために、渡辺が自身の当落以前に掲げる目標である。
投票率が上がるということは、政治が他人事ではなく「我が事」ととらえなければならない。
そうでなければ、やがては自分たちだけでなく、自分たちの子孫にもそのツケが回ってくる。
豊かな社会を実現するために私たちの世代ができる限りの努力をしていかなければならない。
渡辺はそう訴え続けてきた。
渡辺はパフォーマンスだけで訴えかけるような選挙はしない。

様々な意見、立場の人間がいるこの世界の中で、宮城県がどのような地域として発展していくのか。
時代は変わり若い政治家も登場してくるだろう。
その中で、これから迎える3期目こそが、渡辺が真のリーダーシップをとって活躍を続けるステージとなるはずだ。
そこで発揮される力は、渡辺が継続してきた地道で真摯な政策への取り組みによって蓄えられてきたものだ。
20代のときに国会議員の政策秘書として大きな政策課題に取り組んでいた経験があるからこそ、地道な活動が世界に大きな影響をあたえることも渡辺は見据えている。
宮城県の県議として地域の課題をミクロ的に掘り下げて解決してきた渡辺の活動は、
私達一人ひとりの生活に影響をあたえ、その結果はさらに大きな世界で開花していくだろう。

(文・株式会社サンガ新社 代表取締役 佐藤由樹)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


毎年のことながら、昨年を振り返り、
また反省するための素敵な文章、

そして、あたたかく議会活動などを見守っていただきながら、激励の文章、
本当にありがとうございました。


昨年一年間、物心両面にわたって、
私の政治活動をお支えいただいたみなさまに、

あらためて感謝申し上げ、
さらによりよい県政実現のための政治活動を進めてまいります。



「渡辺勝幸応援団から、令和3年政治活動についての講評/石川光次郎第44代宮城県議会議長より」(R4.4.1)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2961.html

「渡辺勝幸応援団から、令和2年政治活動についての講評」(R3.7.9)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2864.html

「渡辺勝幸応援団から、
平成31年・令和元年政治活動についての講評/選挙戦を振り返って」(R2.6.17)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2762.html

「渡辺勝幸応援団から、平成30年政治活動についての講評」(H31.4.28)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2621.html

「渡辺勝幸応援団から、平成29年政治活動についての講評」(H30.2.21)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2450.html

「渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評」(H29.2.27)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2291.html

「渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評」(H28.3.6)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2116.html

「渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評」(H27.7.1)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1841.html

「渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評」(H26.7.1)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1842.html

ご支援御礼(令和元年10月)

渡辺勝幸は令和元年10月に行われた宮城県議選に若林選挙区から立候補し、10,273票という貴重な票をいただき、宮城県議会議員に二回目の当選を果たしました。今後ともふるさと宮城の復興完遂のために尽力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

宮城県議選若林選挙区(令和元年10月27日執行・投票率28.18%)
当 渡辺勝幸    自民現  10,273
当 三浦奈名美   立民新 7,634
当 福島一恵    共産現 7,047
次 高橋克也    自民新 6,486

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ご支援御礼(平成27年10月)

渡辺勝幸は平成27年10月に行われた宮城県議選に若林選挙区から立候補し、10,041票という貴重な票をいただき、宮城県議会議員に初当選しました。今後ともふるさと宮城に強い経済をつくるために尽力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

宮城県議選若林選挙区(平成27年10月25日執行・投票率31.28%)
当 渡辺勝幸    自民新  10,041
当 福島かずえ   共産新 9,433
当 細川雄一    自民現 7,490
次 千葉あさこ   民主新 5,849

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渡辺勝幸は平成23年11月に行われた宮城県議選に若林選挙区から立候補し、5,042票という貴重な票をいただきましたが、落選いたしました。残念な結果ではありましたが、今後ともふるさと宮城の復興のために尽力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

宮城県議選若林選挙区(平成23年11月13日執行・投票率34.65%)
当 細川雄一    自民現 7,728
当 本多祐一朗   社民現 6,536
当 千葉達     自民現 6,031
  福島かずえ   共産新 6,000
  渡辺勝幸    無新  5,042
  菊地ゆきお   み新 2,903
  小野寺かずたか 無新 978


120216 gaitorokuchonomeAkXOfoVCMAAmJYo 早朝街頭を続けています。平成24年1月撮影。

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