Archives[ 2018年10月 ] - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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人が生きる意味を教えてくれる映画『素晴らしき哉、人生!』について

2018年10月31日 22:40

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政治の世界は、一寸先は闇といわれます。


人間がつくる世界ですので、
最後まで政治家はAIには代替されないものだと思いますし、
人間の様々な思いや喜怒哀楽があらわれる世界だと思っています。


そういう世界にいると、
人間の悲しさや人間の素晴らしさなどを感じることが
人よりも多くなるわけです。

特に私は東日本大震災のときには、
ほんとうに多種多様な人の生きざまを垣間見、

人はなぜ生きるのか、
考えさせられました。


しかし一つだけ言えることは、
どんな人であっても、
いま生きているだけで多くの人を救っているということです。

見過ごされがちですが、
私たちは生きているだけで多くの人を救っています。

どんな仕事についていても、
その仕事で多くの人を救っています。


自分の人生は大したことない人生だな
と思っている人は意外と多いのですが、
決してそんなことはないのですね。


一番そのことを感じることができるのは、
私が人生で一番好きな映画『素晴らしき哉、人生』です。



私は大学生の時に、
この映画を監督したフランク・キャプラに関心を抱き、
現在入手できる映画と書籍、論文などのほとんどを集めて、
研究していました。

なつかしいです。


映画『素晴らしき哉、人生』は、1946年(昭和21年)公開。

アメリカでは不朽の名作として毎年末にTV放映されることから、
それまでキャプラを知らなかった若い世代から再評価され、

今ではクリスマスにこの映画が流れるのは定番となり、

アメリカで最も親しまれた作品

としてよく知られる映画なのだそうです。


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【以下amazonより引用】

フランク・キャプラ監督とジェームス・スチュワートの名コンビ
による、心温まる人生賛歌。

人生っていいものだ、人間ってすばらしい! と前向きになれる。
また、ラストの感動とすがすがしさは、観る者の胸に暖かい明かり
を灯してくれるだろう。

心やさしいジョージは故郷の小さな町を飛び出し、世界を舞台に
活躍する夢をもっていた。しかし、相次ぐトラブルで町にとどまり
父の会社を継ぎ、そして家庭をもった。

町の人々からも慕われ幸せに暮らしていたが、クリスマスの日、
人生最大のピンチに見舞われる。

絶望感から自殺を図ろうとするが、そのジョージのもとに、なんと
彼の守護天使が現れる。キャプラはこの作品でも、コメディタッチ
オブラートに包みながら、ヒューマニズムにあふれる演出で
普遍的な感動を与えてくれる。

【引用ここまで】
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1930年代に多くのスクリューボールコメディを撮ったキャプラは、
1940年代になると、陸軍で対日戦争の戦意を高揚させるため、
プロパガンダ映画を数多く撮ります。

私自身は次にアメリカに勝つためには
どうしたらよいだろうかという思いがあったので、
当時このキャプラに注目したのでした。


そして戦争が終わって第一作目の映画が、
この『素晴らしき哉人生』となりました。




私はクリスマスの時期、
または人生でつらいことがあったときこれを見ることにしています



「一人の人生はその他大勢の人生に影響を与える。
 一人いないだけで、世界は一変する。」



今までの人生、
いろいろなことがありましたが、
それでもなお人生はすばらしい、
生きているだけですばらしい、

そう思える映画です。





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⇒ 【字幕】『素晴らしき哉、人生!』(1946)【パブリックドメイン映画】

私、渡辺と郡和子さんとの過去の意外な関係についてお話ししましょう

2018年10月28日 21:13

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現在私は仙台市若林区選出の宮城県議会議員をしています。

現在の仙台市長は郡和子さんという方で、
民主党の衆議院議員をしておられた方なので、

私はあまり親しくはなく、
仙台市主催の会合でお会いしたときにご挨拶をかわす程度なのですが、

過去に意外な場所でご一緒していたことがわかりました。



時は平成5(1993)年5月、
私は仙台一高の3年生でした。

当時私は仙台一高の応援団長を務めていて、
5月に開催される仙台一高・仙台二高硬式野球定期戦の応援に
すべてをかけていました。

なつかしいですね。

あのときの取り組む姿勢が原点となり、
いまにもつながっているように感じます。


当時、仙台一高二高定期戦、
この野球の試合は、
地元の東北放送のテレビで中継され、
宮城県内で放映されていました。

今日偶然、ライバルの仙台二高応援団だったSくんから提供いただき、
当時の映像を拝見し、

私の長髪時代をひさしぶりに目にしていたところ、
その一高側応援席のレポーターがなんと「郡和子さん」でした。


すべての野球中継の放送は見ていないのですが、
一高応援団の取材をしていただいていたようです。


四半世紀前の話ですが、
ちょっとおもしろかったのでみなさんにご紹介した次第です。



天子も人間と考えるわが国

2018年10月26日 21:05

わが国は、君臣の義において、
外国とは全く別であるとはいえ、
天子は雲の上のお方で人間とは違った存在であるというように思うことは、
いにしえの道ではありません。

王朝が衰えた結果としてこう考えるようになり、
こう考えるようになった結果として、
王朝はますます衰えるのです。


ですから、この道を天子の御前に申し上げる人物がいたならば、
必ず時代を超えて古道に進む人物も現れてくることでしょう。


しかしながら、このことは、
不用意に説くべき問題ではありません。

不用意に説き不用意に聞いたときには、
かえって権力ある不正の人物のよい口実となって、
みずから天子たらんとする乱臣賊子が、
わが国にも相ついで出るようになることでしょう。

これはまことに恐るべきことであります。


また按ずるに、周制によれば、
庶人であっても、五人から九人の家族を養うことができました。

これはまことに恩徳の厚いことであったといわねばなりません。

しかし古代のシナにおいては、
土地広く畑多く、しかも人口が少なかったからこそ、
これを行うことができたものと考えられ、
わが国の今日では、それをそのまま手本とはしがたいことであります。







ということを約150年前の日本において、
政治犯として牢屋の中にありながら、

囚人と看守に対して
熱心に教えた人がいたのでした。

その政治犯は間もなく
斬首刑になってしまいます。


そして時は立ち、
その政治犯の弟子たちが、

明治維新の原動力となり

日本を変えていったのでした。








県議選に当選して三年が過ぎました

2018年10月25日 22:49

271025 当選確実 


平成27年10月25日に
宮城県議選で当選したときから、
ちょうど今日で三年がたちました。

任期は四年ですので、
早いもので残り一年となりました。


あっという間の三年、
まだまだ人間でいえば三歳児ですが、

話し言葉の基礎ができて好奇心旺盛になり、
遊びの内容が発展的に、
イヤイヤと反抗期が起こるのもこのころからといわれています。



この三年はしっかり仕事をしており、
政治家としての活動範囲も広がり、
会合も増えていますので、
なかなかハードスケジュールな日々です。

すべての会合には参加できず、
また挨拶も、本来ならば丁寧に顔を出すべきところ、
なかなかうかがえないという実情です。

休める時には休みたいものですが、
それもなかなかできないところで、

精神面も含め、
体調管理も大きな課題です。


また多くの方に私の名前や活動を知っていただけるようになり、
ありがたく思いながら、政治的な反発もいただくようになってきました。

起業の成長プロセスでいうところの発展途上と
同じであることを感じます。


ここからは、
次の選挙に向けた戦いにもなります。
大変厳しい状況になりそうで、
この一年が大きな勝負になりそうです。


この三年間はハードな日々でしたが、
議会での活動、一般質問や様々な働きかけで、
少しずつ新しい世の中をつくることが
できているようにも感じます。


任期は残り一年となりました。
精一杯活動をすることによって、
与えていただいた四年間を熱く過ごし切り、
次につなげて参りたいと思います。


この三年間お支えいただきました皆様にあらためて感謝し、
今後ともあたたかくお見守りいただきますようお願い申し上げます


私の原風景ー六郷村の田んぼ

2018年10月15日 23:14

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自分の原点、ここが人生の種だなあというものが
誰しもあるのだと思います。

そしてこの風景を見ると、
自分がリセットされる、
帰ってきたなあという気持ちになる風景がきっとあることでしょう。


私にとってその原風景は、
「仙台平野に田んぼが広がる風景」です。

石狩平野でも、越後平野でも、
田んぼが広がる風景は変わらないのではないかという気もしますが、

太平洋に面した微妙な太陽の位置や、
川や堀に囲まれた田んぼなど微妙に田んぼが広がる風景も違うものです。


そして私は小さいころに仙台平野、地元の六郷地区の田んぼで、
イナゴやカエル、ザリガニなどをよく友達ととって遊んでいたりしたので、
この風景が基準点になっているなあといつも感じます。

霞目駐屯地のそばにある堀を友達と長靴を履いて探検し、
カエルの卵やザリガニを大量に捕獲したり、

田んぼに住む生き物たちと、
青い空と黄金の稲穂の中で格闘していたものです。


いま考えると危険な遊びなので、
大人に怒られてしまうかもしれませんが、

田んぼのまん中でとても楽しかったことを覚えています。


いまは車で田んぼの真ん中の農道を行き来するだけで、
なかなか泥まみれになることはありませんが、

しかしこの六郷地区の田んぼが私の原風景だなあと、
景色を横目にしながらよく感じるものです。


誰しも持っているであろうこうした原風景の存在を
大切にしていきたいと思います。





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