Archives[ 2015年07月 ] - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 議会運営委員会 委員。
 宮城県議会 文教警察委員会 委員。
 宮城県議会 スポーツ振興調査特別委員会 副委員長。

自由民主党・県民会議
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
 防衛議員連盟 事務局長。

北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。
岩手県議会・宮城県議会国際リニアコライダー建設実現議員連盟 理事。

自由民主党宮城県支部連合会
 青年局長。
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
自由民主党宮城県参議院第一選挙区支部 顧問。
仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 副会長。
宮城県障害者スポーツ協会 理事。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。
宮城県ドッジボール協会 副会長。
宮城県柔道整復師会 顧問。
東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」 代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野中学校父母教師会 会長。
 若林区まちづくり協議会会員。
沖野東学区民体育振興会顧問。
沖野東小おやじの会沖父ちゃん会顧問。
仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。

仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
仙台市南地区交通指導隊六郷分隊 隊員。







【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。43歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)。
     宮城県議会議員選挙(若林選挙区)に無所属で出馬(5,042票で落選)。

平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。
     仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。
     沖野東小おやじの会沖父ちゃん会初代会長。
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤、現職)。
     公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。
     仙台市立沖野東小学校父母教師会(PTA)会長(平成31年まで)。
平成27年 宮城県議会議員に初当選(若林選挙区。自民党公認。10,041票でトップ当選)。
     公益社団法人仙台青年会議所総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所日本の未来選択委員会委員。
     宮城県議会 経済商工観光委員会委員。宮城県議会 産業振興対策調査特別委員会委員。
平成28年 宮城県議会 議会改革推進会議委員。
宮城県議会 保健福祉委員会委員。宮城県議会 地域防災調査特別委員会委員。
宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。
平成29年 宮城県議会 総務企画委員会 副委員長。
     宮城県議会 いじめ・不登校等調査特別委員会 委員。


【渡辺勝幸応援団から、平成30年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成29年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸の東北大学での講義内容についてはこちらをクリック】

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「リスク取る"官"、取らぬ"民"」

2015年07月26日 18:00


「リスク取る"官"、取らぬ"民"」(大和総研)



おもしろいレポートです。
現在の国内経済事情を明らかにしています。


趣旨としては、
公的年金が一段とリスクを取っているが、
私的年金はリスクテイクしておらず、

デフレ時代の習性が日本人に染みついていると言えるが、
しかしリスクテイクを「民」が行わなければ、
経済成長には結びつかない。

そんな内容のレポートです。


2014度末のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のポートフォリオは、
国内債券のウエイトが1年間で55.4%から39.4%へ16.0%ポイントもの低下を見せ、
逆に国内株式が16.5%から22.0%に5.5%ポイント上昇、
外国株式は15.6%から20.9%へと5.3%ポイント高まった。

そんなデータがあります。

このGPIFは、
日本の年金を運用している機関で、
ここの運用が日本人の年金を左右するわけです。

ここでポートフォリオをみると、
国内株式では5.5%上昇。
外国株式では5.3%上昇と、

株式への依存が高まっている、
つまり公的機関がリスクをとっているということですね。

国内、外国共に株式の割合が増加しているわけです。


このレポートでは、
その解決策として、

「リスクを取らざるを得ない状況をつくり出す」

ということで、

インフレ率の向上を確実にし、
保守的な資産運用が実質的な目減りにつながることを、
知らしめることが必要としています。


いずれにしましても、
「官」がリスクを取っているというのは、
安倍政権だからこその政策といえますが、

「民」がリスクテイクを行わないということでは、
経済発展につながりませんので、

この点をどのようにしていくか、
今後の大きな政策的課題であると感じます。




「リスク取る"官"、取らぬ"民"」(大和総研)

第28回沖東夏まつりを開催しました!

2015年07月25日 23:00

150725 第28回沖東夏まつり


本日7月25日、
仙台市立沖野東小学校において、

第28回沖東夏まつり

を開催しました。


この夏まつりは、
沖野東小学校学区を中心に、

PTA、町内会、体育振興会、婦人防火クラブ、おやじの会など、
地域の諸団体の方々を実行委員会として組織し、

実行委員会の皆さんには手弁当で
このお祭りの準備をしていただきました。


私はPTA会長ということで、
この沖東夏まつり実行委員会の委員長を務めています。


沖野東小学校が開校して数年がたったころ、
この学区には地域の神社がなく、

お祭りがないことを残念に思った当時の校長先生をはじめとする地域の方々が、
手作りで28年前に始めたのだそうです。


毎年子供たちも地域の人たちも
楽しみにしているお祭りで、

世代を超えて地域の方々が集まり大いに盛り上がります。


地域の老健施設からもお年寄りがいらっしゃって、
一緒にお祭りに参加されたり、

よちよち歩きの赤ちゃんもお母さんとともに参加しています。



今日は幸い天気にも恵まれましたが、
早朝から多くの方にご協力、
準備をしていただきました。

出店ブースもPTAや各団体に携わっていただき、
子供たちは行列をなしていました。


お祭りのオープニングでは、
小学生が育てたヒマワリの種を風船に結び付けて、
みんなでその風船を飛ばしました。

昨年はこの風船が仙台市北隣の富谷町まで飛んでいき、
この種を拾って下さった方が、
ご自身のお庭でヒマワリの種をまき育てて、
写真を撮って小学校に送って下さるということもありました。

今年もどこまで飛んで行ったか楽しみです。


またお祭りの後半では恒例の盆踊り大会も開催されました。
沖野地区には、

「沖野音頭」

という盆踊りの曲があり、
婦人防火クラブ、町内会はじめPTAやおやじの会、子供たちなど世代を超えて、
みんなで盆踊りで盛り上がりました。

仙台ではおなじみ、超定番の

「七夕音頭」

もみんなで踊りましたね。


準備には数か月かかり、
多くの皆さんのご協力があり
本日無事に開催出来たことは大変ありがたいことでしたが、

何よりも子供たちがこのお祭りを楽しみにし、
よろこんでいたのが何よりでした。


また来年も盛り上がる夏まつりとなればいいなあと思います。

【講演報告】元気のいい中小建設業経営者が実践している3つの手法

2015年07月24日 18:00

昨日7月23日、
ホテル松島大観荘において、

東北の板金業の経営者の皆様の集まりである、
東北協和交友会の会合にお招きをいただき講演をする機会をいただきました。


「元気のいい中小建設業経営者が実践している3つの手法」

というテーマで、お話しをさせていただきました。


つくる仙台の支援事例から、
電気工事業から家事代行支援サービス業への新規事業展開などなど、

新分野進出のきっかけ、
新分野進出の成果などについて。

また補助金獲得のための、
毎年6月に打ち出される、
政府方針。

またものづくり補助金の展開事例など。


またさらに、異業種の専門工事業数社が共同受注へグループ化するなど。
新たな取り組みの評価事例を紹介しました。

インターネット集客事業だけでなく、
様々なホームページにおける修正内容などを
学びました。

一つの手法が、
ホームページへの見込み客誘導であり、
そのお話もしました。


また、国土交通省がつかんでいる情報をもとに、
優れた事例というものも紹介しました。




いずれにしても、
貴重な機会を賜り、

また多くの経営者の皆様の前で、
話をするという貴重な経験をさせていただき、 
ありがたいかぎりです。

ぜひ今後ともまた多くのお話をさせていただく、
またそんな貴重な経験がつめればいいなと思っております。




⇒ 渡辺勝幸の講演(講演.com)

起業知識を蓄えた次にするべきこと

2015年07月23日 18:00

起業したいという方、
あるいは何かをやりたいという夢を持っている方に、
ぜひおすすめしたいのは、

その夢をすでに実現している先輩たちと
たくさん付き合うということ
です。


起業して成功したいのであれば、
成功している起業家の人たちにたくさん会う。

パン屋さんをやりたいなら、
成功しているパン屋さんの経営者にたくさん会う。

サッカー選手になりたいなら、
Jリーグのサッカー選手にたくさん会う。


夢を持つこと、
志を立てること、
大切なことですが、

ともすると成功するために、
志を実現するためには何をしたらよいのか、

知識だけを大量に吸収している方がたまにいます。


成功本をたくさん読む。
起業セミナーをたくさん受ける。

何もしないでいるよりはどれも素晴らしいことです。


しかし、
知識を蓄えた次の段階は、

人に会うこと


そしてその人たちから得た気づきを、
実際に自分のあてはめて実践し、継続していくこと。


それをし続けているうちに、
いつのまにか起業家が誕生しているように感じます。


夢を実現すること、
志を立てて邁進すること、

大きな大きな事業のように感じるかもしれませんが、

こうしたちょっとした行動の変化の積み重ねで、
いつの日か大きく世の中が変わっている、
そう言えるような気がします。


つくる仙台では、
そんな起業志望者の方をこれからも応援していきたいと思っているところです。



起業集団株式会社つくる仙台


オクリナ、周の仕組み

2015年07月22日 18:00

諡(おくりな)とは、
主に帝王・相国などの貴人の死後に奉る、
生前の事績への評価に基づく名のことです。


この問題について私(注:吉田松陰)は、
もちろん、疑念を持っています。

その理由は、
秦の始皇帝が言っているように、

子でありながら父の是非を議論し、
臣でありながら君の是非を議論することですから、

忠孝の教えにそむく
ところがあるように思われるからです。

しかしながら、
諡の法を止めるならば、
それにつれて公明の道も廃れることになって、

君主たるものの戒めとするものがなくなってしまいます。


私(吉田松陰)は、
繰り返しこの問題について考え、
そこではじめて一つの結論が得られました。


諡法は周の代にはじまりました。
周公旦が制定したものです。

この周公は、
文王の子、武王の弟、成王の叔父であって、
周王朝を樹立してその八百年の基業を開かれたことは、
すべて公の勲功です。

それゆえ周公は、
文王・武王・成王と一体の人物です。

そうであるからこの三王の心をもって自身の心とし、
諡号を定めるための規則を制定して、


「後世、周の子孫たるもの、
 天子として諸侯に君臨するにおいて、
 今より後、王が崩御になられた際、

 子たるものは父に私することなく、
 臣たるものは君に私することなく、

 公明の道を天下に明らかにして
 諡号を何と定むべきかを議論せよ。

 文・武・成の三王、およびわたしに対し、
 少しも憚ることなく、
 天下後世のために模範となるようにせよ」

と諭されたのです。


以上のようですから、
諡号を定めるということは、

臣子たるものが、
君父を妄りに評価しようとするものではなく、

周公の定められた規則を守って
これを運用することに外ならず、

このような態度であって、
初めて公明の道が天下に行われることとなるのです。


しかしながら、周公は
以上の諡法のみではなお十分でないと考え、

「左史は行動を記し、
 右史はことばを記す」

という制度を決めて、
君臣の言行の一切をそのまま記録して、
少しも回避しようとする態度がなかったのです。

周公が後世を憂慮したこと、
至れり尽くせりであったということができます。


しかるに後世にいたり、
公明の道は日々に廃れ、

一切の問題が、
私意より起るようになり、

諡法まず廃れ、
左史・右史の制度もまた廃れ、

有志の人物、
慨嘆にたえぬさまになってしまったのでした。


しかも今日、
この弊風を挽回しようと思っても、

臣子の立場上、
憚らねばならぬところがあります。

そうであるならば、
もし英主が現れて、
三王や周公の心を心とし、

まず諡法を復活し、
更に左史・右史の制度を復活し、

務めて公明の道を扶持したならば、
これに加える何物もないのです。

ああ、公明の道の廃れたため、
聖賢の教えは滅び、
人心は暗くなってしまいました。

大いに恐ろしいことです。







ということを約150年前の日本において、
政治犯として牢屋の中にありながら、

囚人と看守に対して
熱心に教えた人がいたのでした。

その政治犯は間もなく
斬首刑になってしまいます。


そして時は立ち、
その政治犯の弟子たちが、

明治維新の原動力となり、
日本を変えていったのでした。






⇒ この本をときどき繰り返し読んでいます。









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