Archives[ 2011年06月 ] - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】

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渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 保健福祉委員会委員。
 宮城県議会 地域防災調査特別委員会委員。
 宮城県議会 議会改革推進会議委員。
 宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。
 宮城県議会 決算特別委員会理事。

自由民主党・県民会議
 事務局次長。
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
宮城県議会全国和牛能力共進会宮城大会を支援する議員連盟 副幹事長。
北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。

自由民主党宮城県支部連合会
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
 青年局 局長代理。

仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 常任委員長。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。

東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野東小学校PTA会長。
 沖東夏まつり実行委員会委員長。沖野学園学校支援地域本部協議会副会長。沖野中学校区青少年健全育成連絡協議会副会長。仙台市PTA協議会研修交流委員会委員。若林区まちづくり協議会会員。仙台市立沖野東小学校施設開放管理運営委員会委員長、学校保健委員会副委員長、学校関係者評価委員。沖野中学校区災害対策委員会委員。
沖野東学区民体育振興会参与。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)顧問。沖野学区連合町内会大運動会実行委員会委員。仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。






【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。41歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)
     宮城県議会選挙(若林選挙区)に無所属で出馬

平成24年 林英臣政経塾塾生(東北七期)、大阪維新の会維新政治塾塾生、公益社団法人仙台青年会議所 会員開発委員会委員
平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)初代会長
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤。現職)。
公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。

平成27年 宮城県議会議員【仙台市若林選挙区】に初当選。宮城県議会経済商工観光委員会委員、産業振興対策調査特別委員会委員。

公益社団法人仙台青年会議所 総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所 日本の未来選択委員会委員。



【渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸の東北大学での講義内容についてはこちらをクリック】

【渡辺勝幸メディア紹介履歴】

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上司との信頼関係、広島原爆、昭和25年の大争議─倉田主税

2011年06月30日 18:00

昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、

日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。


私の履歴書─昭和の経営者群像〈4〉


倉田主税のお話の続きです。
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倉田主税(日立製作所相談役)─昭和時代の私の履歴書

2011年06月29日 18:00

昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、

日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。


私の履歴書─昭和の経営者群像〈4〉


倉田 主税(くらた ちから、1886年3月1日 - 1969年12月25日)は、
日本の実業家。
株式会社日立製作所二代目社長・会長。
弟には俳人の神崎縷々、三井鉱山社長を務めた倉田興人がいる。

久原鉱業所日立製作所に入社し、日立鉱山より産出される銅を用いての電線自主製造に携わる。

その後、公職追放された小平浪平の後を継ぎ、
1947年に日立製作所二代目社長に就任。以降14年間社長を務める。
社長歴任中に日本科学技術振興財団初代会長に就任、日立電線独立後は初代会長に就任した。
更には日立製作所会長退任後、
退職金を投じて財団法人国産技術振興会(現倉田記念日立科学技術財団)を設立するなど、
産業の国産技術確立に貢献した。



明治22年福岡県生れ。
日立製作所入り。昭和16年取締役。
戦後経営陣の追放で22年社長兼会長。
労働争議を処理、国産技術振興により
日立を方向づけた。36年会長。
35年日本科学技術振興財団会長。
44年12月25日死去。


「私の履歴書」は昭和44年7月に連載している。

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すべての政治家をパージせよ!

2011年06月28日 18:00

あらゆる震災対策が後手後手に回り、
がれきは3月11日そのままという状況。


政府の責任を追及する力もなければ、
お金を持っているわけでもないので、

私は仲間たちとがれき処理の手伝いなどをしています。


微々たるものです。


さらに悲しいことに力持ちというわけでもないので、
スコップの半さじぐらいをせっせせっせと運ぶ状況。

それでも多くの仲間たちが集まると、
家数軒が一日できれいになったりするのだから、
やる気が出てきます。

こちらはあちこち筋肉痛になったり、
指を負傷したりといやはやな状況ですが、

それでもやはり、ふるさとの困っている人たちの
ちょっとでもいいから役に立てればと何とかやっています。

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起業とはそもそも何か?─Oさんへの無料コンサルティングをしました

2011年06月27日 18:00

起業とはそもそも何だろうかと考えたときに、
ビジネスを起こすことというそのままの定義がありますね。

何かサービス・商品を提供して、お金をもらうこと。

と考えてもいいでしょう。


ポーター流の「共通価値」で言えば、

よのなかのためになることをして、
その結果としてお金もうけにもなるようにしましょう

ということでもあります。


【参考】
マイケルE.ポーターさんの「経済的価値と社会的価値を同時実現する共通価値の戦略」2011年05月24日 18:00
http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-300.html

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トラウマを糧にする法その3(終)―アメリカ陸軍教育プログラムの内容

2011年06月26日 18:00

ペンシルバニア大学教授のマーティン・E.P.セリグマンが、

『DIAMOND Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年7月号』に、

「ストレス耐性を強化するトラウマを糧にする法」と題して、


アメリカ陸軍の「総合的兵士適応度」(CSF)プログラム


について解説していますので、紹介したいと思います。


ここでは、リーダーたちに学習性無力感、鬱状態や不安、
失敗後のあきらめに対して免疫をつけさせ、

楽観主義で物事を考えるよう教育しています。

また、強靭な精神、際立った強み、
豊かな人間関係を構築することによって
再起力を習得し、

さらにその知識を部下に伝える方法を学ばせています。



DIAMOND Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年7月号



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