Category[ 日本について ] - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】

渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 保健福祉委員会委員。
 宮城県議会 地域防災調査特別委員会委員。
 宮城県議会 議会改革推進会議委員。
 宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。
 宮城県議会 決算特別委員会理事。

自由民主党・県民会議
 事務局次長。
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
宮城県議会全国和牛能力共進会宮城大会を支援する議員連盟 副幹事長。
北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。

自由民主党宮城県支部連合会
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
 青年局 局長代理。

仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 常任委員長。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。

東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野東小学校PTA会長。
 沖東夏まつり実行委員会委員長。沖野学園学校支援地域本部協議会副会長。沖野中学校区青少年健全育成連絡協議会副会長。仙台市PTA協議会研修交流委員会委員。若林区まちづくり協議会会員。仙台市立沖野東小学校施設開放管理運営委員会委員長、学校保健委員会副委員長、学校関係者評価委員。沖野中学校区災害対策委員会委員。
沖野東学区民体育振興会参与。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)顧問。沖野学区連合町内会大運動会実行委員会委員。仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。






【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。41歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)
     宮城県議会選挙(若林選挙区)に無所属で出馬

平成24年 林英臣政経塾塾生(東北七期)、大阪維新の会維新政治塾塾生、公益社団法人仙台青年会議所 会員開発委員会委員
平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)初代会長
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤。現職)。
公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。

平成27年 宮城県議会議員【仙台市若林選挙区】に初当選。宮城県議会経済商工観光委員会委員、産業振興対策調査特別委員会委員。

公益社団法人仙台青年会議所 総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所 日本の未来選択委員会委員。



【渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸の東北大学での講義内容についてはこちらをクリック】

【渡辺勝幸メディア紹介履歴】

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天皇皇后両陛下のお歌(平成28年から)(平成29年1月1日発表)

2017年01月02日 23:02

新年に当たり、
毎年、宮内庁から天皇陛下のご感想が発表されています。

毎年このご感想を読んでいるのですが、
行く年と来る年の大きな指針が、

このご感想を読むと見えてくるのではないかと思っていました。


今年から、宮内庁は、
天皇陛下の負担軽減のため、
新年に当たっての感想の発表を、
取りやめると発表しました。

御製については発表されていますので、
読者のみなさんに天皇陛下の御製五首をシェアしたいと思います。










天皇皇后両陛下のお歌(平成28年から)(平成29年1月1日発表)
⇒ http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gyosei/pdf/gyosei-h28.pdf



御製五首 平成二十八年

【第六十七回全国植樹祭】


山々の囲む長野に集ひ来て人らと共に苗木植ゑけり


天皇皇后両陛下は、本年六月、全国植樹祭御臨場のため、
長野県においでになりました。
この御製は、その折にヒノキ、ウラジロモミ及びコウヤマキの苗木を
お手植えになったときのことをお詠みになっています。



【第三十六回全国豊かな海づくり大会】


鼠ヶ関の港に集ふ漁船海人びと手を振り船は過ぎ行く


本年の全国豊かな海づくり大会は、九月に山形県で開催されました。
海上歓迎行事及びご放流行事の会場となった鶴岡市鼠ヶ関港において、
山形県内の様々な漁法を行う漁船が
天皇皇后両陛下や列席者の前を通って
沖へ向かったときのことをお詠みになったものです。




【第七十一回国民体育大会開会式】


大いなる災害受けし岩手県に人ら集ひて国体開く


本年九月末から十月にかけて、天皇皇后両陛下は、
東日本大震災からの復興状況御視察と国民体育大会御臨場のため、
岩手県を訪問されました。
被災三県では大震災後初めて開催される国体で、
犠牲者に対する黙とうに始まる開会式のことを詠まれた御製です。



【平成二十八年熊本地震被災者を見舞ひて】


幼子の静かに持ち来し折り紙のゆりの花手に避難所を出づ


天皇皇后両陛下は、本年五月、
前月の地震で大きな被害を受けた熊本県をお見舞いになりました。
この御製は、益城町にて、
避難所となっている益城中央小学校の体育館をお見舞いになった折
小学生の女児から色紙で作った百合の花束を
受け取られたときのことを詠まれたものです。



【満蒙開拓平和記念館にて】


戦の終りし後の難き日々を面おだやかに開拓者語る


天皇皇后両陛下は、本年十一月、
長野県阿智村にある満蒙開拓平和記念館をご訪問になり、
満蒙開拓に従事し戦後現地で、
また、引き上げの途次で過酷な苦労を味わい、
現在は同館で語り部を務める人らと懇談されました。
この御製は、今は穏やかな面差しで当時のことを語る人々に思いを寄せられ、
お詠みになっています。




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先日のメルマガで、
天皇陛下の公務負担軽減について書きましたが、
読者のSさんからメールをいただきました。


天皇陛下お誕生日に際し(平成28年)、そして本日の天皇陛下お誕生日行事一覧(H28.12.23)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2257.html



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【引用ここから】

渡辺勝幸様
メルマガ発行、また議員としての御活動、お疲れ様でございます。
以前1度メールを差し上げたことがあるSと申します。
(今調べましたら、約1年前にピアノ関係でメールを差し上げておりました。)

さて、今回の記事中、たった1行ですが、
>皇居勤労奉仕団延べ7,921人に51回にわたってお会いになりました。
とあることに気が付きました。

実は私、今年は、ご縁がありまして、4度も、
勤労奉仕に参加することができました。
(仕事に余裕がある(笑)のも有難いことです…。)
そして、毎回、両陛下の御会釈を賜りました。

分刻みの御多忙のスケジュールの中、
貴重なお時間を割いていただき、
それは大変有難いことですし、勤労奉仕参加者にとっては、
得難い経験となるわけですが、恐れ多いことでもございます。

最近宮内庁の職員の方がよく話されることですが、
パラオ御行啓の日程の前後にも、勤労奉仕団への御会釈をされ、
特に、お帰りの直後は、大変お疲れの御様子だったそうで
(パラオでは船内泊をされたこともあり)、
胸が痛んだ、とおっしゃっておりました。
普通ならお取り止めされてお休みされるような御体調でも、
両陛下にとっては、勤労奉仕団への御会釈は、
優先度が高いものとされていらっしゃるようです。

年間51回と言うことは、単純週1回ですが、
年末年始等や、週の中途に祝日を挟んだ週などは勤労奉仕は無く、
また、同じ週には、月~木日程と、火~金日程の2種があり、
人数の関係で、別々に御会釈が行われることも多くあります。

私達でも多忙時に、小さな別用が入ることは
煩わしく感じてしまいがちですから、
そう考えると、両陛下の勤労奉仕団へのお気持ちというものは、
恐れ多いというだけではなく、
なんか切ないものさえ感じてしまっております。
(上手な表現ができませんが。)

天皇陛下の御誕生日に、渡辺様の記事に接し、
冗長な駄文を弄してしまいました。
末筆ながら、どうか穏やかな新しい年を迎えられて、
そして、益々、日本のために御活躍されますことを祈念致しております。

【引用ここまで】
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皇居勤労奉仕団として、
お勤めいただいたSさんにあらためて敬意を表しながら、
これはなるほどと感じるお話でした。

勤労奉仕団に毎回御会釈をされるということは、
これは大変なことと思います。


今回感じたことには、
宮内庁としても陛下の公務負担軽減を
考えているとは思いますが、

日本人の象徴たる天皇陛下が、
勤勉の極みであることはやはりわが国国民の模範であるなと感じますし、

また同時に公務負担を軽減することで、
どんな公務が必要不可欠で、
どんな公務が分担することが可能なのかを考えること、

これはまさに日本人の働き方改革を考えるうえでも、
象徴的な事象ではないかとも感じます。



日本の象徴として勤勉に働く天皇陛下を模範として、
精一杯勤勉に勤めたいと私も思っていますが、

一方で私自身も、
自分自身の働き方を整理する必要があるなと感じたところです。


いずれにしても、
公務負担軽減をされつつ、
今年には一定の結論が出ることと思いますが、

今後なお一層、天皇皇后両陛下のご健康と
皇室の末永いご繁栄を心からお祈り申し上げます。


天皇陛下お誕生日に際し(平成28年)、そして本日の天皇陛下お誕生日行事一覧

2016年12月23日 22:06

本日は、天皇陛下のお誕生日であります。
日本国民の一人として心よりお祝い申し上げます。


天皇陛下の公務負担の軽減、
譲位の議論が進んでいますが、
高齢化社会となったわが国の象徴でもある議論ですので、
現実的な議論と、原則論を踏まえ、
そしていわゆる「女系天皇」の議論とは全く別の話であるということを前提に、
専門家の皆様には議論を進めていただきたいと思っているところです。




ちなみに本日12月23日の天皇陛下の日程は以下の通りです。

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【引用ここから】

天皇陛下お誕生日行事一覧
平成28年12月23日(金)

時刻      出御      行事      事項      場所

午前9:00御代拝       天長祭の儀           三殿
同9:30   両陛下     祝賀及びお祝酒 侍従長始め侍従職職員      御所
同10:00  天皇陛下    祝賀      長官始め課長相当以上の者,参与及び御用掛    鳳凰の間
同10:05  皇后陛下    祝賀      長官,次長(職員総代),参与  花の間
同10:20  両陛下お始め  一般参賀            春秋の間(東庭)
同10:30  天皇陛下    祝賀の儀    皇太子同妃お始め皇族各殿下   松の間
同10:30  皇后陛下    祝賀      皇太子同妃お始め皇族各殿下   梅の間
同10:40  両陛下     お祝酒     皇太子同妃お始め皇族各殿下,元皇族,御親族   連翠(南)
同11:00  両陛下お始め  一般参賀            春秋の間(東庭)
同11:05  天皇陛下    祝賀      宮内庁職員,皇宮警察本部職員  北溜
同11:30  天皇陛下    祝賀      旧奉仕者会会員(元宮内庁職員及び元皇宮警察本部職員)      北溜
同11:40  両陛下お始め  一般参賀            春秋の間(東庭)
同11:50  天皇陛下    祝賀      堂上会総代(3名)       鳳凰の間
午後0:55天皇陛下      祝賀の儀    内閣総理大臣,衆・参両院議長,最高裁判所長官  松の間
同1:00   両陛下お始め  宴会の儀    内閣総理大臣等 豊明殿
同3:00   両陛下お始め  茶会の儀    各国の外交使節団の長及びその配偶者       春秋の間
同3:30   両陛下     茶会      元参与,松栄会会員,元側近奉仕者,元御用掛   連翠(北)
同4:40   両陛下     茶会      御進講者等御関係者       御所
同6:00   両陛下     祝賀      愛子内親王殿下 悠仁親王殿下  御所
同6:30   両陛下     お祝御膳    皇太子同妃両殿下 秋篠宮同妃両殿下 黒田様御夫妻        御所

【引用ここまで】
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一日の日程も大変ですが、
この一年の御動静もまた大変なものであるように感じます。




天皇陛下お誕生日に際し(平成28年)
天皇陛下の記者会見
会見年月日:平成28年12月20日
会見場所:宮殿 石橋の間
⇒ http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/7


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【引用ここから】


この1年のご動静

天皇陛下には,本日,満83歳のお誕生日をお迎えになりました。

陛下は,今年8月,象徴としてのお務めについてのお考えをビデオを通して国民にお話しになりましたが,
この1年,国事行為に関して,国務大臣10名を始め,副大臣20名,大使48名を含む97名の認証官任命式,
新任外国大使36名の信任状捧呈式,大綬章及び文化勲章の親授式に臨まれたほか,
内閣から上奏のあった1,031件の書類にご署名,ご押印をなさいました。

また,宮殿や御所では,文化勲章受章者及び文化功労者,勲章・褒章受章者や各種の表彰受賞者,
日本学士院会員,日本芸術院会員,新認定重要無形文化財保持者夫妻,
青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表,シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア,
両陛下のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金の奨学生,みどりの学術賞受賞者及び緑化推進運動功労者内閣総理大臣表彰受賞者等にお会いになり,
その労をねぎらわれ,栄誉を祝されました。

その回数は75回を数えました。

このほか,各省庁の事務次官,外務省総合外交政策局長等からのご進講を8回,行幸啓や行事に関するご説明を44回お受けになったほか,
皇居勤労奉仕団延べ7,921人に51回にわたってお会いになりました。

秋の園遊会及び毎年恒例の新嘗祭献穀者のご会釈は,崇仁親王殿下薨去こうきょに伴うご服喪中のためお取りやめになりました。

なお,宮殿や御所における行事のうち,全国警察本部長等の拝謁,全国検事長及び検事正会同に出席する検事正等の拝謁,
地方裁判所長及び家庭裁判所長の拝謁,自衛隊高級幹部会同に出席する統合幕僚長等の拝謁,全国市議会議長会総会に出席する市議会議長等の拝謁等,
国・地方の行政機関等の長らが全国会議で上京した際などに定例的に行われてきた拝謁については,今年5月,両陛下のご公務の在り方を改めて検討し,今年度から取りやめることにしました。

また,総務大臣始め知事のお話・午餐については,
行幸啓等の機会を通じて多くの知事とお会いになっていることから,同様に取りやめとしました。
隔年行事として行われていた中学校長会総会に出席する中学校長の拝謁,小学校長会理事会に出席する小学校長の拝謁及び不定期の行事である国際緊急援助隊員及び国際平和協力隊員のご接見については,
皇太子殿下にお譲りになりました。

今年1月には,国交正常化60周年を迎えるフィリピン国大統領閣下からの招請により,
国際親善のため,両陛下で同国をご訪問になりました。

昭和37年に昭和天皇のご名代としてお訪ねになって以来54年ぶりのご訪問で,
国賓として,歓迎式典,ご会見,晩餐会に臨まれ,フィリピンの国民的英雄ホセ・リサールの記念碑に参られたほか,
かつて日本に留学生,研修生として滞在した人々や日本で介護福祉士,看護師として働くことを目指して日本語を学ぶ人々など,
フィリピン国の多くの人々とお会いになり,友好を深められました。

さらに,現地で活躍する青年海外協力隊員やフィリピン在住日系人とご懇談になったほか,
アジア最大規模の国際農業試験研究機関である国際稲研究所(IRRI)をご訪問になりました。

また,フィリピン人戦没者が眠る英雄墓地をお参りになった後,
ルソン島カリラヤにある日本人戦没者を悼む「比島戦没者の碑」に参られました。

海外にある日本人戦没者慰霊碑のお参りは,戦後60年に当たる平成17年のサイパン島「中部太平洋戦没者の碑」,
戦後70年に当たる昨年のパラオ国・ペリリュー島「西太平洋戦没者の碑」に続いて3度目でした。

ご訪問前にも御所にフィリピン戦没者の遺族をお招きになりましたが,
「比島戦没者の碑」でも集まった多くの遺族とお話しになり,
その苦労を慰められました。

東日本大震災の関係では,今年3月,両陛下で5周年追悼式にご臨席になったほか,
同月,震災復興状況ご視察のため福島県及び宮城県に行幸啓になりました

福島県では,三春町の葛尾かつらお村役場三春出張所で,葛尾村長や被災者から復興状況や帰村に向けた準備の様子等をお聴きになり,
葛尾村を支援する三春町長等をおねぎらいになりました。

宮城県では,女川町をご訪問になり,町長から復興状況等をご聴取になるとともに,復興した商店街や水産加工会社をご視察になりました。

途中お立ち寄りの石巻市の宮城県水産会館では,震災の犠牲となった漁業関係者の慰霊碑に参られ,
その後,県漁業協同組合会長から話をお聴きになりました。

また,仙台市では,東北大学で震災と医療に関する展示をご覧になりました。

さらに,9月末に第71回国民体育大会ご臨場のため5日間のご日程でご訪問になった岩手県では,
北上市及び盛岡市における国体行事へのご臨席に先立ち,東日本大震災の復興状況を視察されるため,
皇后さまと共に片道約110kmの道のりを自動車で移動され,沿岸部の大槌町及び山田町をご訪問になり,両町長から説明をお受けになったほか,
復興した大槌町魚市場や復興のシンボルとして建設された山田町ふれあいセンターをご視察になりました。

経由地の遠野市,釜石市でも,それぞれの市長,議長から,その後の後方支援や復興の状況をご聴取になりました。

多数の死傷者,避難者が発生した4月の熊本地震では,発生の翌朝,犠牲者に対するお悼みと被災者へのお見舞い,
災害対策に従事する関係者へのおねぎらいのお気持ちを侍従長を通じて熊本県知事にお伝えになり,
翌5月に皇后さまと被災地を日帰りでご訪問になりました。

現地では,自衛隊ヘリコプターにて南阿蘇村と益城町にご移動になり,
南阿蘇村長,西原村長,益城町長及び熊本市長から被災状況等を聴取され,
避難所で被災者をお見舞いになるとともに,災害対応関係者にお会いになり,おねぎらいになりました。

8月に,台風10号による大雨災害で岩手県及び北海道で多数の死傷者,避難者が発生した折にも,
それぞれの知事に対し,侍従長を通じてお見舞いのお気持ちをお伝えになりました。

このほか,地方へのお出ましは,いずれも皇后さまとご一緒に,
今年4月,神武天皇二千六百年ご式年に当たり,奈良県の神武天皇陵及び橿原神宮をご参拝になり,
その折,奈良県立橿原考古学研究所,橿原神宮宝物館,高松塚古墳,高松塚壁画館をご視察になりました。

6月には,第67回全国植樹祭ご臨場のため長野県をご訪問になり,
お泊所で平成23年の長野県北部地震による栄村の被災者とご懇談になったほか,
唱歌「ふるさと」の作詞家・高野辰之の記念館,信州大学国際科学イノベーションセンター,アファンの森をご視察になりました。

9月には,第36回全国豊かな海づくり大会にご臨席のため,山形県酒田市及び鶴岡市をご訪問になり,
鶴岡市立加茂水族館,松ヶ岡開墾場をご視察になりました。

10月には,第40回国際外科学会世界総会の開会式,レセプションご臨席のため京都府をご訪問になり,
その折,賀茂御祖神社,賀茂別雷神社をご参拝,京都国立博物館及び京都府立医科大学をご視察,京都御所の曝凉ばくりょうをご覧になったほか,
宮内庁職員による両陛下傘寿奉祝茶会に臨まれました。

平成25年からお始めになった私的ご旅行では,11月,皇后さまと愛知県及び長野県をご訪問になり,
愛知県では江戸時代に築造された日本有数の農業用ため池で,世界かんがい施設遺産にも登録されている犬山市の入鹿池を,
また,帰路には小牧市のメナード美術館にお立ち寄りになりました。

長野県では,戦前,旧満州に最も多くの開拓団員を送り出した長野県の南信州阿智村に建設された「満蒙開拓平和記念館」をお訪ねになり,
旧満州からの引揚者3名から話をお聴きになりました。

また,47年ぶりのご訪問となった飯田市では,天龍峡をご覧になった後,
昭和22年の「飯田大火」の復興過程で,当時の飯田東中学校の生徒たちの提案により,
防火帯道路に植えられ,育てられてきた「りんご並木」で飯田東中学校の生徒たちによる収穫作業をご覧になり,
お帰りがけには生徒たちによる「りんご並木Forever(フォーエバー)」の合唱をお聴きになりました。

ご静養としては,両陛下で葉山御用邸,御料牧場及び那須御用邸にお出ましになりました。

御料牧場では,ご滞在中に農林水産祭天皇杯を受賞した畜産農家のハム工房をご訪問になり,
那須御用邸では,例年どおり農家をご訪問になったほか,陛下のお考えからご即位20年の機会に御用邸用地の一部を宮内庁から環境省に移管して整備された「那須平成の森」を散策されました。

8月下旬は,皇后さまとご一緒に長野県軽井沢町,群馬県草津町でお過ごしになりました。

私的ご旅行を含む地方へのお出ましは,ご静養のための御用邸,御料牧場等へのお出ましを除き,
1府10県21市9町3村でした。

都内の行幸啓としては,国会開会式,全国戦没者追悼式,
恒例となっている日本国際賞,日本芸術院賞,日本学士院賞,国際生物学賞の授賞式などの式典にお出ましになったほか,
4月に春のお彼岸に合わせて昭和天皇の武蔵野陵,香淳皇后の武蔵野東陵をご参拝になり,
帰路,福生市の玉川上水と酒造場をご視察になりました。

これにより,両陛下は都内の23区及び多摩地方の全ての市町村を訪問されたことになります。

また5月には,学習院中等科ご入学後の昭和21年5月から3年半余をお過ごしになった小金井市をご訪問になり,
終戦直後の様子を思い出されながら,東宮御仮寓所の跡地及び周辺を整備した江戸東京たてもの園や小金井公園を散策された後,
当時から続く農家をご訪問になりました。

かつて小金井におけるご生活の様子を折々に陛下からお伺いになっていらした皇后さまは,
昭和49年宮中の月次歌会のお題「麦の穂」に対し,「思ひゑがく小金井の里麦の穂揺れ少年の日の君立ち給ふ」という御み歌をご詠進になっています。

これら都内へのお出ましは41回を数えました。

外国との関係では,この10月にベルギー国国王陛下及び王妃陛下を国賓としてお迎えになり,
初日に歓迎行事,ご会見,宮中晩餐に臨まれ,翌日にベルギー国メッヘレン市と姉妹都市である茨城県結城市をご案内,
3日目にはベルギー国国王王妃両陛下ご主催の答礼コンサートにお出ましになり,
その後,別室にてお別れのご挨拶をなさいました。

翌11月末にはシンガポール国大統領閣下及び令夫人を国賓としてお迎えになり,歓迎行事,ご会見に臨まれ,宮中晩餐をお催しになったほか,
離京前に改めてお別れのご挨拶のため迎賓館赤坂離宮をご訪問になりました。

国賓以外のご接遇では,ジンバブエ国大統領閣下及び令夫人とのご会見,午餐に臨まれたほか,
フィンランド国大統領閣下及び令夫人,東ティモール国大統領閣下及び令夫人,ウクライナ国大統領閣下及び令夫人,
パナマ国大統領閣下及び令夫人,クウェート国首相,ガーナ国大統領閣下及び令夫人,サウジアラビア国副皇太子殿下,
ブラジル国大統領閣下,カザフスタン国大統領閣下,ドイツ国大統領閣下及びシャート女史とご会見になりました。

これまで公式実務訪問賓客としてご来日の元首については,ご会見・午餐を催されてきましたが,
本年5月以降はご公務の見直しにより,ご会見のみとなりました。

パレスチナ大統領,ノルウェー国国会議長,アンゴラ国国会議長,ハンガリー国国会議長夫妻,カナダ国首相夫妻,
救世軍万国総督夫妻,国際オリンピック委員会会長,国際パラリンピック委員会会長夫妻,
ミャンマー国国家最高顧問及びインド国首相をご引見になりました

さらに,スウェーデン国国王陛下を御所でのご夕餐に,パラオ国大統領閣下,シンガポール国首相夫妻及びヨルダン国国王陛下,
タイ国王女チュラポン殿下を御所でのご昼餐に,
ブータン国前王妃陛下及び王妹殿下,赤十字国際委員会総裁,レソト国国王陛下及び王妃陛下を御所でのお茶に,
第14回G7下院議長会議に出席する各国下院議長等を宮殿での茶会に,
それぞれお招きになりました。

また,10月,半世紀以上にわたる長いご親交のあったタイ国プミポン・アドゥンヤデート国王陛下崩御の報に接せられた折には,
深くお悲しみになり,直ちにシリキット王妃陛下にご弔意をお伝えになるとともに,
侍従長をご弔問使として在京タイ国大使館に差し遣わされました。

両陛下にはお気持ちとして3日間の喪に服されました。

在京外交団とは,この1年間に着任後間もない15か国の大使夫妻をお茶に,
着任後3年を経過した20か国の大使夫妻を午餐にお招きになり,離任する20か国の大使夫妻をご引見になりました。

日本から赴任する50か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり,帰国した11か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の様子をお聴きになりました。

10月27日,昨年百歳をお迎えになった崇仁親王殿下が薨去されました。

両陛下はお悲しみのうちに7日間の喪に服され,ご遺族と悲しみを共にされました。

ご生前中の6月には聖路加国際病院に殿下をお見舞いになりましたが,
薨去後は4回にわたり三笠宮邸を訪問されたほか,斂葬の儀の後にご拝礼のため豊島岡墓地へ行幸啓になりました。

また,ご高齢であられるご服喪中の三笠宮妃殿下を案じられ,11月末に両陛下でお見舞いに三笠宮邸をご訪問になりました。

宮中祭祀については,恒例の祭祀等に19回お出ましになり,
天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。

また,新嘗祭神嘉殿の儀につきましては昨年同様,夕よいの儀はお出ましの時間を短縮して儀式の半ばより出御され,
暁の儀はご健康への影響を考慮して,儀式終了までの間,御所でお慎みになりました。

陛下は今年も例年どおり,皇居内生物学研究所の一画で種籾たねもみのお手まき,お田植えをなさり,
お手刈りをなさいました。

また,陸稲と粟あわをお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。

粟は新嘗祭の折にお手刈りになった水稲と共にその一部をお供えになりました。

神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。


ご研究に関しては,平成20年に論文を発表された2種類のハゼ類について更に研究をお進めになり,
今年2月,前回と同じく秋篠宮殿下を始めとする専門研究者とご一緒に,
論文「ハゼ科魚類キヌバリとチャガラの核DNAとミトコンドリアDNAを用いた種分化の解析」をオランダの学術雑誌「GENE」に発表されました。

また,今年8月には,タヌキの食性に関する論文「皇居におけるタヌキの果実採食の長期変動」を国立科学博物館研究報告A類(動物学)に共著でご発表になりました。

これは,平成21年1月から平成25年12月までの5年間にわたって,
皇居内の同一のタヌキの溜糞場ためふんばで採集した糞ふんに含まれる植物の種子から,
タヌキの季節的な果実採食の変動を分析したもので,
1か所のタヌキの溜糞場を5年間にわたり継続して調査した研究論文は内外を通じ初めてのものでした。

天皇陛下のタヌキに関する論文は,平成20年に「皇居におけるタヌキの食性とその季節変動」を共著で発表されたのに続き2本目となります。

ご健康面では,2月末よりA型インフルエンザによる発熱を伴うお風邪の症状がおありで,
2月29日から3月3日までの行事をお取りやめになりました。

また,12月にも,発熱を伴うお風邪の症状がおありのため,一部の行事をお取りやめになりました。

12月23日のお誕生日当日は,午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後,
宮殿で皇族方を始め宮内庁職員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。

また,この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀にお応えになります。

午後からは内閣総理大臣,衆参両院議長,最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後,
皇族方もお加わりになって,三権の長,閣僚,各界の代表等との祝宴に臨まれます。

その後,外交団を招かれての茶会,元側近奉仕者等との茶会,次いでご進講者等との茶会に臨まれます。

夕刻には未成年の内親王,親王殿下のご挨拶をお受けになり,夜にはお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。


【引用ここまで】
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83歳の年齢で、
この一年間これだけの公務を務められた天皇陛下は、

わが国の象徴であるというにとどまらず、
世界各国からの信頼も厚いということが内容からもよくわかります

どうかいつまでもご健康でありますよう、
皇室の弥栄を心より祈念申し上げます。



熊本支援のために私たちができること─平成28年(2016年)熊本地震

2016年04月16日 18:33

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4月14日、

熊本県益城町で震度7の揺れを観測した地震が発生し、
熊本県内で9人がお亡くなりになってしまいました。

また、今日16日午前1時25分ごろ、
熊本県熊本地方を震源とする地震があり、
熊本市や同県菊池市などで震度6強の揺れを観測。

気象庁によると、
震源の深さは約12キロ(暫定値)、
地震の規模マグニチュード(M)は7.3(暫定値)と推定され、
1995年の阪神大震災級。

その後も震度6強などの地震が相次いでいます。

一連の地震で、熊本県内ではこれまでに34人が亡くなっています。
これから九州地方では、
局地的に非常に激しい雨のおそれも見込まれていますので、
非常に心配されます。



私は地震があると携帯にメールが来るようにしているのですが、
未明からたくさんの地震が
熊本、大分を中心に起きています。


この地震の報に接し、
宮城県に住む多くの方は、
東日本大震災を思い起こし、

なんとか熊本で困っている皆さんのためにできることはないだろうかと、
思っている人も多いのではないでしょうか。


また九州各地のニュースを見て、
この週末、遊ぶことに罪悪感を感じたり、
テレビでバラエティ番組をやっていることに不謹慎と思ったりする方も、
なかにはいらっしゃるかもしれません。



熊本支援のために私たちができることは何か。


まず、発災から72時間は、
現地へ救助に向かうのは、
自衛隊、警察、消防など、
プロに任せるべきであるということです。

そして行政はじめ、
様々な関係機関が72時間は必死で動いていますので、

感情的にネットであおったり、
関係機関に電話をかけてパンクさせたりするというのはもってのほかだと思います。

政治的論争もこの期間は控えるべきではないでしょうか。



それから私自身も東日本大震災のときは、
必要とされる物資をインターネットを通して、
世界から大量に集め、
それを届けたりもしましたが、

できる限り個人や小さな団体で動くのではなく、
大きな団体と連携をして活動するのがのぞましいです。

もちろん知り合いの方が必要としている物資を、
個人的に送るということはアリですが、

きめ細やかに、必要とされているところへ必要とされるものを
送ることができないのであれば、
大きな団体と連携することがいいのではないかと思います。


被災地においての支援活動は、受け入れ体制が重要であり
受け入れ体制がないのに動くと被災地にとって大きな負担になります)、

また避難所では物資の配布に公平性を期すことになりますので、
大量の物資を取りまとめる必要があります。


一人分や二人分の物資を寄付することは、
精神としては尊いことではありますが、
避難所等での物資配布の際には同じものが大量にある必要があるわけです。



ということでまとめますと、
私たちができることは、

まずはそれぞれが平常心で、
自分の持ち場持ち場の仕事をしっかりとすること。

それはゆっくり休んだり、
笑ったり楽しんだりすることも大事だと思います。


そして72時間を超えたころから、
どんな支援ができるのか、
公的機関やNPO団体などを中心に動きが出てきますので、
そのメニューの中から自分のできる支援をやってみてはどうでしょうか。


さっそく多くの団体が募金活動をしているようです。

青年会議所(JC)でもやっているようですし、
様々な団体が寄付金を集めると思いますが、

なかには不明朗会計な団体もありますので、
行政をはじめとする公的機関が進めている募金運動に
協力するというのがよろしいかと思います。



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●「熊本地震支援金街頭募金」(公益社団法人仙台青年会議所)
⇒ http://www.sendai-jc.or.jp/


●「平成28年熊本地震義援金の受付について」(宮城県)

平成28年4月14日(木曜日)に熊本県で発生した地震により、
熊本県熊本地方を中心に多大な被害が生じております。
日本赤十字社では、被災者支援のため義援金の受付を開始しました。

⇒ http://www.pref.miyagi.jp/soshiki/syahuku/kumamotogienkin.html

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平成28年熊本地震の被害により亡くなられた皆様に
謹んでお悔やみを申し上げますとともに、

被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。


今後宮城県として様々な機関、県民の皆様とともに、
できる限りの支援を進めていきたいと思います。

サクラチル、大和言葉本来の意味とは?

2016年04月09日 22:19

仙台も桜が満開となりました。

青空に桜色の雪が舞う。
すがすがしい気分になりますね。


桜が咲くと、
今までは全く気づかなかったのに、
ここに桜の木があったのかと驚きますが、

一年に数日しか咲かないからこその感動ですね。


私の好きな花の一つが桜です。

桜というのは満開になる、
ほんのわずかな時間だけが美しく、
それ以外の季節は本当に地味な木です。


古来日本人は満開の桜を愛で、
桜の散り際に美しさを見出してきました。


それはなぜかと言えば、

「ちる」

という言葉に意味があります。


大和言葉でいうところの

「ち」

は、「血」「地」「千代に八千代に」などのように、
時代を超えて続いていく「タテイト」を表します。

つまり、「ちる」という音が当てられているということは、

「散る」ように見える桜は、実は、

「次の世代へと続いていきますよ」

というサインなのですね。


たしかに、
桜は一瞬の美しさですが、

次の年も、
そしてまた次の年も、

春になれば、
また桜が咲き、
美しい姿を見せてくれます。


物理的な現象だけを見れば、

花が散るということは花弁が落ちておしまい、

なわけですが、


「ちる」

という日本語には古来、

「前向きな継続の意味」

が当てられているわけですね。

つまり、

「桜散る」

は、終わりを意味するのではなく、
次の時代へ継続していく一つのプロセスなんですね。


わが国日本はこうした美しい文化を持つ国であり、
大和言葉、日本語はすばらしい言語です。

美しい桜と美しい日本語を
大切にしていきたいものですね。

建国記念の日の批判を批判する

2016年02月11日 22:19

人間に誕生日があるように、
会社にも創立記念日があります。

もちろん国家にも建国の日が必ずあります。


本日2月11日は、
建国記念の日、わが国日本のお誕生日です。

初代神武天皇が即位した日ということで定められました。


建国の神話によるものであり、
今年は皇紀2676年、
すなわちわが国が誕生してから2676年ということになります。

現存する世界最古の国家です。
すごいことですね。


このように長きにわたる歴史があること、
これはすなわち、
わが国において平和で安定した政治が行われてきたということでもあり、
誇りに思えることです。



しかしこの建国記念の日を批判する方もおられるようです。

その大きな理由は、
建国に「科学的根拠がない」というものであり、
2676年という計算そのものも神話をもとにしていて、
史実とは異なるものであると。


確かに科学的根拠はないでしょうね。


神話は事実ではないかもしれません。


しかし長きにわたり、
この神話や建国の伝説が親から子へ子から孫へと伝わり、
21世紀の現在に暮らす私たちにまで伝わっているのは事実です。


十年前につくられた話でもなければ、
百年前につくられた話でもないことは科学的に証明されています。

さらには、
千年前につくられた話でもないことも科学的に証明されています。


しかし何年前につくられたことか、
科学的根拠のある事実なのか、

おそらくそれはどうでもいいことなのだと思います。


千年前にも日本があり、
それ以前にも日本があり、
天皇陛下がいらっしゃって、
国民は日本語を話し、
21世紀に暮らす私たちが参拝するのと同じ神社や仏閣がその時代にもあり、

ほぼ同じ文化を千年前のご先祖様たちと共有できるということは、
本当にありがたいことだと思います。

千年、二千年と単純に言いますが、
ご先祖様たちはものすごい努力をしてきたんだろうなと、思います。


諸外国を見渡せば、
そんな国は一つもありません。

同じ土地に千年後はちがう民族が住んでいて、
ちがう言葉を話し、遺跡はどこかへ消えてしまって幻になっている、
それが当たり前となっています。



ありがたい国に暮らし、
わが国に「和」を尊ぶ政治が建国以来続いてきたということを、
21世紀の政治家の一人として、

私自身も後世の子孫のために残していかなければならないと
決意を新たにしているところです。


本日はわが国の誕生日。

おめでとうございます!




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