Category[ つれづれ ] - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 議会運営委員会 委員。
 宮城県議会 文教警察委員会 委員。
 宮城県議会 スポーツ振興調査特別委員会 副委員長。

自由民主党・県民会議
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
 防衛議員連盟 事務局長。

北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。
岩手県議会・宮城県議会国際リニアコライダー建設実現議員連盟 理事。

自由民主党宮城県支部連合会
 青年局長。
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
自由民主党宮城県参議院第一選挙区支部 顧問。
仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 副会長。
宮城県障害者スポーツ協会 理事。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。
宮城県ドッジボール協会 副会長。
宮城県柔道整復師会 顧問。
東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」 代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野中学校父母教師会 会長。
 若林区まちづくり協議会会員。
沖野東学区民体育振興会顧問。
沖野東小おやじの会沖父ちゃん会顧問。
仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。

仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
仙台市南地区交通指導隊六郷分隊 隊員。







【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。43歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)。
     宮城県議会議員選挙(若林選挙区)に無所属で出馬(5,042票で落選)。

平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。
     仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。
     沖野東小おやじの会沖父ちゃん会初代会長。
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤、現職)。
     公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。
     仙台市立沖野東小学校父母教師会(PTA)会長(平成31年まで)。
平成27年 宮城県議会議員に初当選(若林選挙区。自民党公認。10,041票でトップ当選)。
     公益社団法人仙台青年会議所総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所日本の未来選択委員会委員。
     宮城県議会 経済商工観光委員会委員。宮城県議会 産業振興対策調査特別委員会委員。
平成28年 宮城県議会 議会改革推進会議委員。
宮城県議会 保健福祉委員会委員。宮城県議会 地域防災調査特別委員会委員。
宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。
平成29年 宮城県議会 総務企画委員会 副委員長。
     宮城県議会 いじめ・不登校等調査特別委員会 委員。


【渡辺勝幸応援団から、平成30年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成29年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評】

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「即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば(令和元年5月1日)」

2019年05月01日 17:55

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令和元年5月1日となりました。

午前零時より令和となり、
新しい天皇陛下が即位されました。

新たな時代がスタートするということで、
わが国が麗しき和の国になるよう、
政治の果たすべき役割がますます重くなっていくものと感じているところです。



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「即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば(令和元年5月1日)」(宮内庁)

日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。

この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。

顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,
世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,
その強い御み心を御自身のお姿でお示しになりつつ,
一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。
上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。

ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,
また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽さんに励むとともに,
常に国民を思い,国民に寄り添いながら,
憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,
国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します


──────────────────────────────────


新帝陛下のおことばを、
令和の時代も丁寧に読んでかみしめたいと思います。


「退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(平成31年4月30日)」

2019年04月30日 18:09

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本日、「退位礼正殿の儀」が行われました。
天皇陛下におかれましては、本日をもって御譲位されます。

明日より新たな「令和」の時代となりますが、
陛下のおことばの一つ一つをかみしめたいと思います。

おことばを述べられた後、
皇居宮殿松の間から退出されるその御背中が神々しく感じられました。



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「退位礼正殿の儀 安倍首相のあいさつ全文」(NHK) 2019年4月30日 17時17分

安倍総理大臣は、天皇陛下の退位の儀式「退位礼正殿の儀」であいさつし、
国民代表として感謝の気持ちを表しました。あいさつの全文です。


「退位礼正殿の儀における内閣総理大臣の国民代表の辞」謹んで申し上げます。

天皇陛下におかれましては、皇室典範特例法の定めるところにより
本日をもちまして御退位されます。

平成の三十年、「内平らかに外成る」との思いの下、
私たちは天皇陛下と共に歩みを進めてまいりました。
この間、天皇陛下は、国の安寧と国民の幸せを願われ、
一つ一つの御公務を、心を込めてお務めになり、
日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たしてこられました。

我が国は平和と繁栄を享受する一方で、
相次ぐ大きな自然災害など、幾多の困難にも直面しました。

そのような時、天皇陛下は、皇后陛下と御一緒に、国民に寄り添い
被災者の身近で励まされ、国民に明日への勇気と希望を与えてくださいました。

本日ここに御退位の日を迎え、これまでの年月を顧み、
いかなる時も国民と苦楽をともにされた天皇陛下の御心に思いを致し、
深い敬愛と感謝の念を今一度、新たにする次第であります。

私たちは、これまでの天皇陛下の歩みを胸に刻みながら、
平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来を創り上げていくため、
更に最善の努力を尽くしてまいります。

天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません。
ここに、天皇皇后両陛下に心からの感謝を申し上げ、
皇室の一層の御繁栄をお祈り申し上げます。

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「退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(平成31年4月30日)」(宮内庁)

今日をもち,天皇としての務めを終えることになりました。

ただ今,国民を代表して,安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に,深く謝意を表します。

即位から30年,これまでの天皇としての務めを,
国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは,幸せなことでした。
象徴としての私を受け入れ,支えてくれた国民に,心から感謝します。

明日から始まる新しい令和の時代が,平和で実り多くあることを,
皇后と共に心から願い,ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

──────────────────────────────────


明日5月1日午前零時をもって、
令和がスタートします。

以下、NHKの報道から引用しますが、
今後の日程です。


●政府は1日午前の臨時閣議で、
皇太子さまが新天皇に即位されて最初に臨む儀式
「剣璽等承継(けんじとう しょうけい)の儀」と、
それに続く、「即位後朝見(そくいご ちょうけん)の儀」を
憲法に定める国事行為として行うことを決定。

●「剣璽等承継の儀」 1日午前10時半から
「剣璽等承継の儀」は皇太子さまが歴代天皇に伝わる剣(つるぎ)や曲玉(まがたま)などを受け継ぐ儀式で、
1日午前10時半から皇居 宮殿の「松の間」で行われます。

●「剣璽等承継の儀」で天皇陛下に付き従う皇族「供奉(ぐぶ)」は、
前回、平成への代替わりの時と同様、成年の男性皇族のみとしていることから、
皇位継承順位1位の「皇嗣(こうし)」となる秋篠宮さまと、
常陸宮さまが(ひたちのみや)出席されることになります。

一方、皇族以外は、男女の区別なく総理大臣など三権の長や閣僚などが参列することになっていて、
片山地方創生担当大臣が女性として憲政史上初めて参列する見通し


●「即位後朝見の儀」 1日午前11時10分から
これに続く、「即位後朝見の儀」は皇太子さまが即位後、初めて国民の代表に会う儀式で、
午前11時10分から「松の間」で行われ、
三権の長や閣僚、地方公共団体の代表などが参列することになっています。

●儀式では、皇太子さまが天皇として初めてとなるおことばを述べられたあと、
安倍総理大臣が国民を代表してあいさつすることになっています。


●10月22日 「即位礼正殿の儀」「祝賀御列の儀」
その後、10月22日には海外も含め、およそ2500人が出席して、
新天皇が即位を内外に宣言する「即位礼正殿(そくいれい せいでん)の儀」が行われるほか、
パレードにあたる「祝賀御列(しゅくが おんれつ)の儀」も行われる予定です。

●「祝賀御列の儀」では、安全性や環境性能などを考慮して
トヨタ自動車のセンチュリーのオープンカーが使用されることが決まっています。


●10月22日から31日 「饗宴の儀」が4回
また、10月22日から31日にかけては、
祝宴にあたる「饗宴(きょうえん)の儀」が合わせて4回行われます。

●「饗宴の儀」は、前回、平成への代替わりの際は4日続けて7回行われましたが、
政府は、今回、皇太子ご夫妻の負担を考慮して連日の開催を取りやめたほか、
招待客も2600人程度に減らすなど簡素化することを決めました


●10月23日 晩さん会
このほか、「即位礼正殿の儀」の翌日、10月23日には総理大臣夫妻の主催で、
儀式に参列した外国の要人などおよそ900人の参列者をもてなす晩さん会が、
東京 千代田区のホテルニューオータニで開かれます。


●11月14日から15日 「大嘗祭」の中心的な儀式
さらに11月14日から翌15日にかけて、国民の安寧などを祈る
一世に一度の「大嘗祭(だいじょうさい)」の中心的な儀式が皇室行事として行われます。


●来年4月19日 「立皇嗣の礼」
その後、来年4月19日には、秋篠宮さまが、
皇位継承順位1位の「皇嗣(こうし)」になられたことを内外に知らしめる、
「立皇嗣の礼(りっこうし)」が国事行為として行われることになっています。

新元号は「令和」─「平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見(首相官邸)」

2019年04月01日 23:02

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本日平成31年4月1日、
平成に代わる新しい元号について、
政府は臨時閣議で、

「令和(れいわ)」

とすることを決め、菅官房長官が発表しました。


また、「令和」の典拠、
いわゆる出典は日本最古の歌集である万葉集であると発表されました。

『万葉集』巻五、梅花の歌三十二首あわせて序、から、

「初春の令月にして 気淑(よ)く風和(やわら)ぎ 
 梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き
 蘭(らん)は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」

との文言から引用したものとのことです。

過去の元号はすべて中国の古典からの引用であり、
この「令和」が元号になるということは、
わが国の古典を典拠とする国史上はじめての元号となります。


私としては非常にしっくりする典拠であると感じましたが、
同時にこのことは、本年からわが国日本が中長期的に、
中国とは異なる道を歩む時代となるとも言えるわけで、

国際情勢などを鑑み、
厳しい時代となることも想定して
覚悟をしなければならないと感じました。


一方で、「和」の字が使われるということは、
私個人としても好きな漢字であり、
また平和な時代を感じさせることもあり、
そんな時代にしていかなければならないとあらためて感じます。


いずれにしても新時代の幕開けです。
令和の宮城、令和の日本をつくる決意をもって、
政治家として身の引き締まる思いでいます。




「平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見(首相官邸)」


───────────────────
【引用ここから】

平成31年4月1日
安倍内閣総理大臣記者会見


【安倍総理冒頭発言】

本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。
新しい元号は「令和」(れいわ)であります。

これは「万葉集」にある
「初春の令月にして 気淑(よ)く風和(やわら)ぎ
 梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き
 蘭(らん)は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」
との文言から引用したものであります。
そして、この「令和」には、
人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められております。

「万葉集」は、1200年余り前に編さんされた日本最古の歌集であるとともに、
天皇や皇族、貴族だけでなく、防人(さきもり)や農民まで、
幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、
我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。

悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然、
こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく。
厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように
一人一人の日本人が明日への希望とともに、
それぞれの花を大きく咲かせることができる、
そうした日本でありたいとの願いを込め、「令和」に決定いたしました。

文化を育み、自然の美しさをめでることができる平和な日々に
心からの感謝の念を抱きながら、
希望に満ちあふれた新しい時代を国民の皆様と共に切り開いていく
新元号の決定に当たり、その決意を新たにしております。

5月1日に皇太子殿下が御即位され、その日以降、
この新しい元号が用いられることとなりますが、
国民各位の御理解と御協力を賜りますよう、お願いいたします。

政府としても、ほぼ200年ぶりとなる歴史的な皇位の継承がつつがなく行われ、
国民こぞって寿(ことほ)ぐことができるよう、
その準備に万全を期してまいります。

元号は、皇室の長い伝統と、国家の安泰と、国民の幸福への深い願いとともに、
1400年近くに渡る我が国の歴史を紡いできました。
日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるものとなっています。
この新しい元号も広く国民に受け入れられ、
日本人の生活の中に深く根差していくことを心から願っています。

私からは以上です。


【質疑応答】

(内閣広報官)
それでは、皆様からの御質問を頂きます。

希望される方、挙手をお願いいたします。
私が指名いたしますので、所属とお名前を明らかにした上でお願いいたします。

初めは幹事社の方からお願いしたいと思います。どうぞ。

(記者)
産経新聞の小川です。
内閣記者会の幹事社として質問させていただきます。

今日、先ほど決定した新元号を、
日本の古典を由来とする「万葉集」からとった「令和」としたことについて、
これまで元号は全て中国の古典を由来としてきたとされております
改めて、日本の古典を由来として「令和」に決めた、
その総理の思いをお聞かせください。

また、今月末で幕を閉じる平成の30年間は、
国内では人口減少が進み、また、自然災害が相次ぎました。
また、目まぐるしく変化する国際情勢やデジタル化など、
日本は今、大きな転換点を迎えています。
5月1日の改元まで残り1か月となったことを踏まえて、
平成の次の時代をどのような気持ちで迎え、また、
次の時代のどのような国づくりをされていきたいか、お考えをお聞かせください。

(安倍総理)
我が国は、歴史の大きな転換点を迎えていますが、
いかに時代が移ろうとも、日本には決して色あせることのない価値があると思います。
今回はそうした思いの中で歴史上初めて国書を典拠とする元号を決定しました。
特に「万葉集」は、1200年余り前の歌集ですが、
一般庶民も含め地位や身分に関係なく幅広い人々の歌が収められ、
その内容も当時の人々の暮らしや息づかいが感じられ、
正に我が国の豊かな国民文化を象徴する国書です。
これは世界に誇るべきものであり、我が国の悠久の歴史、薫り高き文化、
そして、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄は
しっかりと次の時代にも引き継いでいくべきであると考えています

同時に、急速な少子高齢化が進み、
世界がものすごいスピードで変化をしていく中で、
変わるべきは変わっていかなければなりません。
平成の30年間ほど、改革が叫ばれた時代はなかったと思います。
政治改革、行政改革、規制改革。
抵抗勢力という言葉もありましたが、平成の時代、
様々な改革がしばしば大きな議論を沸き起こしました。
他方、現在の若い世代、現役世代はそうした平成の時代を経て、
変わること、改革することをもっと柔軟に前向きに捉えていると思います。
ちょうど本日から働き方改革が本格的にスタートします。
70年ぶりの労働基準法の大改革です。
かつては何年もかけてやっと実現するレベルの改革が、
近年は国民的な理解の下、着実に行われるようになってきたという印象を持っています。

そうした中で、次の世代、次代を担う若者たちが、
それぞれの夢や希望に向かって頑張っていける社会、
一億総活躍社会をつくり上げることができれば、
日本の未来は明るいと、そう確信しています。

新しい元号の下、一人一人の日本人が明日への希望とともに、
それぞれの花を大きく咲かせることができる。
そういう時代を国民の皆様と共に築き上げていきたいと思います。

(内閣広報官)
それでは、幹事社からもう1問、どうぞ。

(記者)
幹事社のフジテレビの鹿嶋です。よろしくお願いします。

総理、平成の改元時とは異なりまして、
今回、総理が自ら談話を読み上げる判断をされた理由を改めてお聞かせください。

また、新たな元号を選定するに当たりまして、
これまで複数の案を検討されてきたと思いますけれども、
「令和」という元号に決めた、決定した最大の決め手は何だったのか、
改めてお聞かせください。

(安倍総理)
今回、元号を発表するに当たり、誰が発表するかという意見が、
随分議論があったと思いますが、新しい元号は本日、
政令という形で閣議決定いたしましたが、
通常、閣議の内容は官房長官が公表しております。
そのため、今回も新元号については平成のときと同じように
官房長官が発表することといたしました。

その上で、平成の改元時には、当時の竹下総理の談話が発表されています。
当時は総理大臣が会見を行うということは極めてまれでありましたが、
平成の30年を経て、総理大臣が直接発信する機会も増大しました
私自身、何らかの出来事があると、
官邸に入る際などに記者の皆さんから声がかかり、
マイクを向けられることもあります。
そうした時代にあって、平成のときと同様に、
総理大臣談話を発表するのであれば、私自らが会見を開いて、
国民の皆様に直接申し上げるべきだと、こう考えた次第であります

また、元号の選考につきましては、他の案が何かということも含めまして、
検討過程について申し上げることは差し控えますが、
我が国が誇る悠久の歴史、文化、伝統の上に、
次の世代、次の時代を担う世代のために、
未来に向かってどういう日本を築き上げていくのか。
そして、その新しい時代への願いを示す上で、
最もふさわしい元号は何かという点が一番の決め手でありました。

(内閣広報官)
これからは、幹事社以外の皆様からの質問をお受けいたしますので
質問を御希望の方は、挙手をまず、お願いしたいと思います。

では、七尾さん。

(記者)
ニコニコの七尾です。どうぞよろしくお願いします。

若い世代やこれから生まれてくる子供たちは、
新しい元号、「令和」の時代の中心を担っていく世代だと思うのですけれども、
その元号選定に当たりましては、
こうした世代のことをどのようにお考えになったのでしょうか。
よろしくお願いします。

(安倍総理)
本日の会見は、インスタグラムやツイッターで生中継をされていますが、
今の若い世代の皆さんは、こうしたSNSなどの新しいツールを見事に使いこなすことで、
どんどん新しい文化をつくり上げています。
ニコニコ動画も既存メディアの発想にとらわれることなく、
若者たちならではの柔軟さで多様な番組を生み出して、
リアルタイムで個人がコメントを発信できる、
新しいメディアの姿を形づくられたと、こう思っています。

こうした若い世代の新しいムーブメントは、
確実にこれまでの政治や社会のありように大きな変化をもたらしつつあります。
本当に頼もしい限りであると思っておりますが、
日本の未来を明るいと感じています。
新しい時代には、このような若い世代の皆さんが、
それぞれの夢や希望に向かって思う存分活躍することができる、
そういう時代であってほしいと思っています。
この点が、今回の元号を決める大きなポイントでもありました。

今回の元号は、「万葉集」にある梅の花の歌三十二首序文からの引用です。
この中では、厳しい寒さの後、
春の訪れを告げるように見事に咲き誇る梅の花の情景が美しく描かれております。
平成の時代のヒット曲に「世界に一つだけの花」という歌がありましたが、
次の時代を担う若者たちが、明日への希望とともに
それぞれの花を大きく咲かせることができる。
そのような若者たちにとって希望に満ちあふれた日本を
国民の皆様と共につくり上げていきたいと思っています。

(内閣広報官)
それでは、もう1問いただきます。
前列。

(記者)
共同通信の大塚です。

新元号の選定に関連して伺います。
総理は2月下旬と3月下旬に皇太子様と面会されましたけれども、
そうした際に印象を受けました皇太子様のお人柄ですとか、
御即位に当たっての思いなど、選定に当たって考慮されたところがあれば御紹介ください。

また、皇太子様の御即位後、国民の代表である総理として、
どのような関係を築かれたいとお考えでしょうか。

最後に、新元号について、天皇陛下と皇太子様に総理から
直接御報告される予定はございますでしょうか。

以上です。

(安倍総理)
まず、2月の22日と3月の29日に皇太子殿下にお会いいたしましたが、
その際の内容等については、お答えすることは差し控えさせていただきたいと思います。
皇太子殿下におかれては、本年2月のお誕生日に際しまして、
今上陛下のこれまでのお姿を心にとどめ、国民に常に寄り添い、
人々と共に喜び、あるいは共に悲しみながら、
象徴としての務めを果たしていきたいとのお気持ちを明らかになさったと承知をしており、
大変有り難いことであると考えています。

私としては、皇太子殿下の御即位を心からお喜び申し上げますとともに、
先ほど申し上げた殿下のお気持ちをしっかりと受け止め、
新しい「令和」の時代を、国及び国民統合の象徴となられる殿下と共に
歩みを進めてまいりたいと、こう思っております。

今月は平成最後の月となります。
この一月、平成の時代に、そして、天皇皇后両陛下の御足跡と御手跡に思いを馳せつつ、
新しい時代に向けて、天皇陛下の御退位と皇太子殿下の御即位が
つつがなく行えるように万全を期していきたいと思います。

そして、新しい時代にふさわしい「令和」の時代を切り開いていくために、
準備万端、万全を期していきたいと、こう考えております。

なお、新元号については、閣議決定を行った後に、
宮内庁を通じて今上陛下及び皇太子殿下にお伝えいたしました。

(内閣広報官)
以上をもちまして、安倍総理大臣の記者会見を終わらせていただきます。
皆様の御協力に感謝申し上げます。ありがとうございました。

(安倍総理)
どうもありがとうございました。


【引用ここまで】
───────────────────



天皇皇后両陛下のお歌(平成30年から)(平成31年1月1日発表)

2019年01月02日 21:26

三年前まで、新年に当たり、
毎年、宮内庁から天皇陛下のご感想が発表されていました。

毎年このご感想を読んでいたのですが、
行く年と来る年の大きな指針が、

このご感想を読むと見えてくるのではないかと思っていたところでした。


一昨年から、宮内庁は、
天皇陛下の負担軽減のため、
新年に当たっての感想の発表を取りやめています。

御製については発表されていますので、
読者のみなさんに天皇陛下の御製五首をシェアしたいと思います。










天皇皇后両陛下のお歌(平成30年から)(平成31年1月1日発表)
⇒ http://www.kunaicho.go.jp/data/wakaPoem/5/file.pdf

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天皇陛下御製五首 平成三十年

【第六十九回全国植樹祭】


生ひ立ちて防災林に育てよとくろまつを植う福島の地に


両陛下は、本年六月、全国植樹祭御臨席のため、
福島県においでになりました。
東日本大震災で大きな被害を受けた地域に海岸防災林を育てるため
クロマツの苗木をお手植えになったときのことを詠まれた御製です



【第七十三回国民体育大会開会式】


あらし迫る開会前の競技場福井の人ら広がりをどる


本年九月、両陛下は、国民体育大会御臨場のため、
福井県をご訪問になりました。
御製は、近づく台風の影響を受け、
雨が降りしきる福井県営陸上競技場において、
開会式前に地元の人々が吹奏楽を奏し、
雨の中けなげに踊る様をご覧になったときのことをお詠みになっています。



【第三十八回全国豊かな海づくり大会】


土佐の海にいしだひを放つこの魚を飼ひし幼き遠き日しのぶ


陛下は、学校の夏休みの時期沼津御用邸にご滞在の折、
地びき網にかかったイシダイなどの稚魚を水槽でお飼いになっておられました。
本年十月に高知県で開催された全国豊かな海づくり大会において、
当時のことを懐かしく思い出されながら
イシダイを御放流になったことをお詠みになった御製です。



【沖縄県訪問】


あまたなる人ら集ひてちやうちんを共にふりあふ沖縄の夜


両陛下は、本年三月、沖縄県をご訪問になりました。
御製は、一日の行事を終えられた後、
那覇市のお泊り所で地元有志による提灯奉迎の時に、
遠距離であっても、お互いに語り合うように
灯を振り合われた思い出をお詠みになっています。



【西日本豪雨】


濁流の流るる様を写し出だすテレビを見つつ失せしをいたむ


「平成三十年七月豪雨」(いわゆる「西日本豪雨」)は、
西日本の広い地域に河川の氾濫や土砂崩れなど大きな被害をもたらしましたが、
その様子を伝えるテレビニュースをご覧になったときのことをお詠みになった御製です。
九月には、特に被害の大きかった広島県、岡山県及び愛媛県をご訪問になり、
被災者をお見舞いになりました。



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皇后陛下御歌も三首紹介されていますが、
その中から本年御譲位にあたり皇后陛下のお歌がありましたので、
これも合わせてご紹介いたします。


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【移居といふことを】


去れる後もいかに思はむこの苑に光満ち君の若くませし日


来年四月末の陛下の御譲位の後、
両陛下は平成五年十二月からお住まいになってきた御所から
高輪皇族邸にお移りになることとなっています。
御歌は、御所にお移りになって間もない時期、
お庭にお出ましのまだお若かった陛下のご様子を思い起こされてお詠みになっています。


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今年平成31年4月30日に天皇陛下が御譲位されるということが決まりました。

報道によれば、4月1日に新元号が発表され、
5月1日から新しい御代となります。


天皇皇后両陛下のご健康と
皇室の末永いご繁栄を心からお祈り申し上げます。




「天皇皇后両陛下のお歌(平成29年から)(平成30年1月1日発表)」(H30/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2428.html

「天皇皇后両陛下のお歌(平成28年から)(平成29年1月1日発表)」(H29/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2265.html

「平成28年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H28/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2056.html

「平成27年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H27/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1661.html

「平成26年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H26/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1282.html

「平成25年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H25/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-917.html

「天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H24/1/3)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-537.html


天皇陛下お誕生日に際し(平成30年)

2018年12月23日 21:31

本日は、天皇陛下のお誕生日であります。
日本国民の一人として心よりお祝い申し上げます。


来年平成31年4月30日までが平成となります。
天皇陛下の誕生日は今年この12月23日が最後、
来年は天皇誕生日はないということになります。


12月20日に行われた、
天皇陛下の記者会見について、
宮内庁のサイトから見ることができます。


天皇陛下お誕生日に際し(平成30年)
天皇陛下の記者会見
会見年月日:平成30年12月20日
会見場所:宮殿 石橋の間

⇒ http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/25

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宮内記者会代表質問



天皇陛下として迎えられる最後の誕生日となりました。
陛下が皇后さまとともに歩まれてきた日々はまもなく区切りを迎え
皇室は新たな世代が担っていくこととなります。
現在のご心境とともに,いま国民に伝えたいことをお聞かせ下さい

天皇陛下
この1年を振り返るとき,例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。
集中豪雨,地震,そして台風などによって多くの人の命が落とされ
また,それまでの生活の基盤を失いました。
新聞やテレビを通して災害の様子を知り,
また,後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが
自然の力は想像を絶するものでした。
命を失った人々に追悼の意を表するとともに,
被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。

ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは,
昭和34年,昭和天皇の名代として,
伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

今年も暮れようとしており,来年春の私の譲位の日も近づいてきています。

私は即位以来,日本国憲法の下で象徴と位置付けられた
天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い,今日までを過ごしてきました。
譲位の日を迎えるまで,引き続きその在り方を求めながら,
日々の務めを行っていきたいと思います。

第二次世界大戦後の国際社会は,東西の冷戦構造の下にありましたが,
平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ,冷戦は終焉えんを迎え,
これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。
しかしその後の世界の動きは,必ずしも望んだ方向には進みませんでした。
世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し,
また,テロにより多くの犠牲者が生まれ,
さらには,多数の難民が苦難の日々を送っていることに,心が痛みます。

以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました
終戦を11歳で迎え,昭和27年,18歳の時に成年式,次いで立太子礼を挙げました。
その年にサンフランシスコ平和条約が発効し,日本は国際社会への復帰を遂げ,
次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。
そしてその翌年,英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列し
その前後,半年余りにわたり諸外国を訪問しました。
それから65年の歳月が流れ,国民皆の努力によって,
我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め,平和と繁栄を築いてきました。
昭和28年に奄美群島の復帰が,昭和43年に小笠原諸島の復帰が
そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。
沖縄は,先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。
皇太子時代を含め,私は皇后と共に11回訪問を重ね,
その歴史や文化を理解するよう努めてきました。
沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは
これからも変わることはありません。

そうした中で平成の時代に入り,戦後50年,60年,70年の節目の年を迎えました。
先の大戦で多くの人命が失われ,また,我が国の戦後の平和と繁栄が,
このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず,
戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。
平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵どしています。

そして,戦後60年にサイパン島を,戦後70年にパラオのペリリュー島を,
更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。
皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

次に心に残るのは災害のことです。
平成3年の雲仙・普賢岳の噴火,平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり,
平成7年の阪神・淡路大震災,平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり,
多くの人命が失われ,数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。
ただ,その中で,人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ,
防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます
また,災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には,いつも心を打たれています。

障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも,
私どもの大切な務めと思い,過ごしてきました。
障害者のスポーツは,ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが,
それを越えて,障害者自身がスポーツを楽しみ,
さらに,それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。
パラリンピックを始め,国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を,皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

今年,我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。
この間,多くの日本人は,赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね,
その社会の一員として活躍するようになりました。
こうした日系の人たちの努力を思いながら,各国を訪れた際には,
できる限り会う機会を持ってきました。
そして近年,多くの外国人が我が国で働くようになりました。
私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も,
将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。
日系の人たちが各国で助けを受けながら,それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ,
各国から我が国に来て仕事をする人々を,社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。
また,外国からの訪問者も年々増えています。
この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め,各国との親善友好関係が進むことを願っています。

明年4月に結婚60年を迎えます。
結婚以来皇后は,常に私と歩みを共にし,私の考えを理解し,私の立場と務めを支えてきてくれました。
また,昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし,愛情深く3人の子供を育てました。
振り返れば,私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく,
現在の皇后と出会い,深い信頼の下,同伴を求め,
爾来この伴侶と共に,これまでの旅を続けてきました。
天皇としての旅を終えようとしている今,私はこれまで,
象徴としての私の立場を受け入れ,私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに,
自らも国民の一人であった皇后が,私の人生の旅に加わり,
60年という長い年月,皇室と国民の双方への献身を,
真心を持って果たしてきたことを,心から労いたく思います。

そして,来年春に私は譲位し,新しい時代が始まります。
多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。
新しい時代において,天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており,
皇室の伝統を引き継ぎながら,日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。

今年もあと僅かとなりました。
国民の皆が良い年となるよう願っています。



【この一年のご動静】

天皇陛下には,本日,満85歳のお誕生日をお迎えになりました。

陛下は,この1年,国事行為に関して,最高裁判所長官の親任式,国務大臣14名を始め,
副大臣22名,大使40名を含む98名の認証官任命式,新任外国大使40名の信任状捧呈式,
大綬章36名,文化勲章5名の親授式に臨まれたほか,
内閣から上奏のあった940件の書類にご署名と押印をなさいました。
また,宮殿や御所では,文化勲章受章者及び文化功労者,勲章・褒章受章者や各種の表彰受賞者,
農林水産祭天皇杯受賞者,各種大臣表彰受賞者,人事院総裁賞受賞者,
日本芸術院会員,日本学士院会員,新認定重要無形文化財保持者夫妻,
シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア,
青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表,
昭和34年の両陛下のご成婚を記念してハワイ在住日系人等が中心となって創設した
皇太子明仁親王奨学金の奨学生にお会いになり,その労をねぎらわれ,栄誉を祝されました。
その回数は75回を数えました。

このほか,外務省総合外交政策局長等からのご進講を10回,
行幸啓や行事に関するご説明を37回お受けになったほか,
皇居勤労奉仕団延べ11,672人に67回にわたってお会いになりました。

台風や豪雨等の風水害を始め,地震,火山噴火等の自然災害が多かったこの1年も,
皇后さまと共に被災地を度々お見舞いになって被災者に寄り添われるとともに,
犠牲者を悼まれ,遺族を慰められました。
7月に発生した西日本豪雨災害では,多数の死傷者,避難者が発生した
広島県,愛媛県及び岡山県の知事に対し,侍従長を通じて犠牲者に対するお悼みと被災者へのお見舞い,
災害対策に従事する関係者へのお労いのお気持ちをお伝えになり,
9月に岡山県,愛媛県及び広島県の被災地を2度に分けて日帰りでお見舞いになりました。
また,同月に発生した北海道胆振東部地震では,地震発生の翌日,
同様に侍従長を通じて北海道知事にお見舞いと関係者へお労いのお気持ちをお伝えになり,
11月に被災地を日帰りでお見舞いになりました。

この他の地方へのお出ましは,いずれも皇后さまとご一緒に,
3月には,来年のご譲位を前に沖縄県に11回目のご訪問をなさいました。
沖縄平和祈念堂をご拝礼になった後,国立沖縄戦没者墓苑でご供花,ご拝礼になり,
翌日には沖縄本島から日帰りで与那国島へご移動。
与那国馬,世界最大級の蛾ヨナグニサン,伝統芸能「棒踊り」,
西崎にある日本最西端の碑をご覧,与那国町漁業協同組合をご視察の後,
最終日に沖縄空手会館で空手演武をご覧になりました。
6月には,2泊3日で福島県南相馬市で開催された第69回全国植樹祭にご臨場になり,
その折に福島県復興公営住宅の北好間団地居住者等とご懇談,
全町民に避難指示が出されていた広野町と楢葉町の町長,議長,町民代表者とお会いになり,
雫集落センターで慰霊碑に拝礼されました。
3日目は悪天候の中,相馬市東日本大震災慰霊碑にご供花,相馬市原釜地方卸売市場,
古関裕而記念館をご視察。
3日間の県内のお車での移動距離は約280kmになりました。
8月には北海道をご訪問。
北海道150年記念式典にご臨席になり,知的障害者などが就労する農福連携農園をご視察。
2日目に日帰りでご訪問になった利尻島では,
利尻町ウニ種苗生産センター,オタトマリ沼をご視察,二石海岸をご散策になりました。
9月には第73回国民体育大会ご臨場のため福井県をご訪問。
福井県教育総合研究所教育博物館ご視察,式典演技ご覧,開会式ご臨席のご日程をお済ませになりましたが,
大型で非常に強い台風24号の接近に地元自治体や警察が十分に備えることのできるよう,
役員懇談会ご臨席,フェンシング競技ご覧等のご日程を取りやめてご帰京になりました。
10月には,第38回全国豊かな海づくり大会にご臨席のため高知県をご訪問になり,
高知県立林業大学校,高知大学海洋コア総合研究センターをご視察になりました。

5年前から始められた私的ご旅行では11月に静岡県をご訪問。
掛川市にある創立50周年を迎えた日本初の肢体不自由児養護施設「ねむの木学園」をお訪ねになり,
生徒・入所者の絵画作品とダンスをご覧になったほか,
袋井市の常林寺では,昨年3月の両陛下ベトナム国ご訪問時に
その記念館をご視察になったベトナム独立運動指導者ファン・ボイ・チャウが
日本滞在中の支援に感謝して建立した「浅羽佐喜太郎公紀念碑」をご視察,
近藤記念館では同碑の「建立100年特別展」を,
隣接する袋井市郷土資料館では常設展をご覧,浜松市外国人学習支援センターでは,
外国人向け日本語教室と日本語学習支援ボランティア養成講座の授業をご視察になった後,
浜松市楽器博物館をご視察になりました。
このご旅行は7月に予定されていましたが,直前に発生した西日本豪雨のため延期となっていました。

ご静養として,2月と6月に両陛下で葉山御用邸に短期間お過ごしになりました。
7月には那須御用邸でお過ごしになるご予定でしたが,
西日本豪雨が発生したためお取りやめになりました。
8月下旬には例年どおり長野県軽井沢町,群馬県草津町でお過ごしになりました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは,ご静養のための御用邸等へのお出ましを除き,
1道8県25市5町でした。

都内の行幸啓では,毎年恒例の全国戦没者追悼式,日本国際賞授賞式及び祝宴,
みどりの式典及びレセプション,日本芸術院授賞式,日本学士院授賞式,
国際生物学賞授賞式にお出ましになったほか,自治体消防制度70周年記念式典,
海上保安制度創設70周年記念式典,
国際会議の一つである国際生産工学アカデミー第68回総会開会式及びレセプション,
サラマンカ大学創立800周年記念 日本サラマンカ大学友の会設立20周年記念「お祝いと感謝の集い」,
高松宮殿下記念世界文化賞30周年記念レセプション,社会保険労務士制度創設50周年記念式典にご臨席になりました。
また,来日中のスウェーデン国国王陛下及び王妃陛下とご一緒に
日本・スウェーデン外交関係樹立150周年記念特別展示
「ルドベック・リンネ・ツュンベルク-ウプサラ博物学三代の遺産より」をご覧,
国賓として来日されたベトナム国主席閣下及び令夫人とご一緒に
ベトナム日本外交関係樹立45周年記念レセプションにご臨席になりました。
このほか,「ポーランド独立回復100周年記念公演ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団ニューイヤー・コンサート」,
「歌舞伎座百三十年「二月大歌舞伎」壽三代歌舞伎賑木挽町芝居前」,
「東日本大震災復興支援チャリティコンサートクラシック・エイド」,
「鈴木鎮一生誕120周年記念 第54回スズキ・メソードグランドコンサート」,
「映画「羊と鋼の森」特別試写会」,「楽団創立100周年記念 クリーヴランド管弦楽団日本公演」,
「小児がん征圧キャンペーン・チャリティーコンサート」,
「日越外交関係樹立45周年記念ベトナム国立交響楽団日本公演」
「ドイツ・グラモフォン創立120周年ガラコンサート」,「Ay曽根崎心中」をご鑑賞,
「企画展『キンダーブックの90年-童画と童謡でたどる子どもたちの世界-』」,
「学校法人桜美林学園創立100周年記念 日中平和友好条約締結40周年記念「愛新覚羅一族の書画作品展」」,
「生誕150年 横山大観展」,「ターナー風景の詩うた」展,「第70回毎日書道展」,
「六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展『建築の日本展~その遺伝子のもたらすもの』」,
「明治維新150年記念特別展『明治日本が見た世界~巨大壁画でたどる日本開国史~』」,
「にっぽん-大使たちの視線 写真展」をご覧になり,
12月には障害者週間にちなんでこれまで長いお関わりのあった
日本初の知的障害児施設である社会福祉法人滝乃川学園をお訪ねになりました。

陛下お一方では,1月と10月に国会開会式にご臨席,
6月に恒例の企業ご訪問として株式会社浜野製作所をご視察,
10月に2018年度日本魚類学会年会(50周年記念大会)及び懇親会にご出席になりました。
なお,第20回日本太鼓全国障害者大会も両陛下でご臨席の予定でしたが,
皇后さまに咳を伴う風邪の症状がおありであったため,陛下がお一方でご臨席になりました。

また,皇居内の行事として,三の丸尚蔵館で皇后さまが御養蚕でお育てになった小石丸の繭を使用し復元,
修理の完成を記念した「春日権現験記絵-甦った鎌倉絵巻の名品-」展をご覧,春季雅楽演奏会をご鑑賞,
果樹古品種(ワリンゴ)をご摘果,古式馬術「打毬」をご覧になったほか,
皇居東御苑の二の丸池にヒレナガニシキゴイをご放流になりました
ヒレナガニシキゴイは,陛下のお考えでインドネシアのヒレナガコイと日本のニシキゴイを掛け合わせて誕生したもので,
これまで平成3年と平成24年に同池へご放流になりましたが,
来年のご譲位前にもう少しその数を増やして来園者が楽しめるようにしたいとの陛下のお考えで,
11月に両陛下でご放流になりました。
これらを含め都内へのお出ましは47回でした。

外国との関係では,5月にベトナム国主席閣下及び令夫人を国賓としてお迎えになり,
歓迎行事,ご会見,宮中晩餐を催されたほか,
お別れのご挨拶をなさるためご宿舎の迎賓館赤坂離宮をお訪ねになりました。
国賓以外のご接遇では,基本的に,先方がご夫妻の場合は両陛下で
ご単身の場合は陛下がお一方でお会いになります。
ドイツ国大統領閣下及び令夫人,チリ国大統領閣下,スリランカ国大統領閣下及び令夫人,
エクアドル国大統領閣下及び令夫人,タジキスタン国大統領閣下,ブルキナファソ国大統領閣下及び令夫人,
ガーナ国大統領閣下,ザンビア国大統領閣下とご会見になりました
また,モザンビーク国国民議会議長夫妻,スリランカ国国会議長,クウェート国国民議会議長,
ブラジル国上院議長夫妻,オーストラリア国下院議長,中華人民共和国国務院総理,
サモア国首相夫妻,フランス国国民議会議長夫妻,ブルガリア国国民議会議長をご引見になりました。
さらに,タイ国王女チュラポン殿下,マレーシア国首相夫妻,
ヨルダン国国王陛下及び王妃陛下並びに王族オマル殿下を御所でのご昼餐に,
スウェーデン国国王陛下及び王妃陛下を御所でのご夕餐に,
デンマーク国王女ベネディクテ殿下,サラマンカ大学総長,
赤十字国際委員会総裁を御所でのお茶にそれぞれお招きになりました。

宮殿では5月に第8回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等の茶会を,
10月に第10回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等の茶会を催されました。

在京外交団とは,この1年間に着任後間もない38か国1組織の大使夫妻を3か国・組織ずつに分けてお茶に,
着任後3年を経過した12か国の大使夫妻を4か国ずつ午餐にお招きになり,
離任する24か国1組織の大使又は大使夫妻を各国ごとにご引見になりました。
日本から赴任する36か国と1組織の大使夫妻にも出発前にお会いになり,
帰国した30か国と1組織の大使夫妻をお茶に招いて任地の様子をお聴きになりました。

宮中祭祀については,恒例の祭祀に23回お出ましになり,
天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。
また,ご高齢のため出御が案じられている新嘗祭神嘉殿の儀については昨年同様,
夕よいの儀はお出ましの時間を短縮して出御され,
暁の儀はご健康への影響を考慮して,儀式終了までの間,御所でお慎みになりました。

今年も例年どおり,皇居内生物学研究所の一画で種籾のお手まき,
お田植えをなさり,お手刈りをなさいました。
また,これとは別に,陸稲と粟をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。
粟は新嘗祭の折にお手刈りになった水稲と共にその一部をお供えになりました。
神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。

ご健康面では,7月に脳貧血によるめまいと吐き気のご症状から,
数日間お住まいの御所でご静養になりました。
この間に予定されていた,絢子女王殿下ご婚約内定についての
高円宮妃殿下及び絢子女王殿下のご挨拶は皇后さまがお一方でお受けになり,
陛下のお祝いのお気持ちをお伝えしました。
また,在京大使夫妻午餐は皇太子殿下が代行なさいました。


【引用ここまで】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



この一年間これだけの公務を務められた天皇陛下は、

わが国の象徴であるというにとどまらず、
世界各国からの信頼も厚いということが内容からもよくわかります


わが国の象徴である天皇陛下が、
このように勤勉にお勤めをされているということは、
日本国民はさらに勤勉に日々を過ごさねばなりませんね。


天皇陛下におかれましては、
どうかいつまでもご健康でありますよう、
そして皇室の弥栄を心より祈念申し上げます。

来年は御代替わりとなり、
平成の次の時代が始まります。

新たな時代に向けて私も頑張っていきたいと思います。






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