Category[ つれづれ ] - つくる!宮城県議会議員渡辺勝幸のブログ【仙台市若林区】
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渡辺勝幸について

【現職】
宮城県議会議員【仙台市若林区選出】
 宮城県議会 総務企画委員会副委員長。
 宮城県議会 いじめ・不登校等調査特別委員会委員。

自由民主党・県民会議
 医療・福祉議員連盟 事務局次長。
 環境・エネルギー議員連盟 事務局次長。
 芸術文化議員連盟 事務局次長。
 防災議員連盟 事務局次長。
 日越(ベトナム)交流宮城県議会議員連盟 事務局次長。
 観光・情報議員連盟 事務局次長。
 防衛議員連盟 事務局長。
宮城県議会全国和牛能力共進会宮城大会を支援する議員連盟 副幹事長。
北朝鮮に拉致された日本人を救出し支援する宮城県議の会 事務局長。
宮城県議会国際リニアコライダーの誘致議員連盟 事務局長。
神道政治連盟宮城県本部議員連絡協議会 幹事。

自由民主党宮城県支部連合会
 青年局長。
 県民運動本部 副本部長。
 憲法改正推進本部 事務局長。
 女性活躍推進本部 副本部長。
自由民主党宮城県参議院第一選挙区支部 顧問。

仙石線整備促進期成同盟会 顧問。
全日本不動産政治連盟宮城県本部 顧問。
宮城県理容生活衛生同業組合 仙台若林支部 顧問。
宮城県私立幼稚園PTA連合会 副会長。

宮城県障害者スポーツ協会 理事。
宮城県障害者スポーツ指導者協議会 副会長。
仙台市南地区交通安全協会六郷支部 顧問。
社会福祉法人ウェル千寿会 評議員。
宮城県薬剤師連盟 政策強化委員。

東北大学大学院情報科学研究科 非常勤講師(情報技術経営論)。
起業集団「株式会社つくる仙台」代表取締役。
ミラサポ(中小企業庁委託中小企業支援事業)専門家。
仙台東倫理法人会 監査。

仙台市立沖野東小学校PTA会長。
 沖東夏まつり実行委員会委員長。沖野学園学校支援地域本部協議会副会長。沖野中学校区青少年健全育成連絡協議会副会長。仙台市PTA協議会研修交流委員会委員。若林区まちづくり協議会会員。仙台市立沖野東小学校施設開放管理運営委員会委員長、学校保健委員会副委員長、学校関係者評価委員。沖野中学校区災害対策委員会委員。
沖野東学区民体育振興会参与。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)顧問。沖野学区連合町内会大運動会実行委員会委員。仙台沖野ソフトボールリーグ顧問。






【経歴】 昭和50年5月10日生まれ。宮城県仙台市若林区出身。42歳。

昭和57年 沖野幼稚園(仙台市若林区)卒園
昭和63年 青森市立筒井小学校卒業
平成3年 仙台市立沖野中学校卒業
平成 6年 宮城県仙台第一高等学校卒業(高46回。二年間応援団長を務める)
平成11年 慶應義塾大学法学部政治学科卒業
     国会議員政策担当秘書資格試験合格

平成12年 参議院議員市川一朗(宮城県選挙区)政策担当秘書
平成13年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了
平成19年 参議院自民党秘書会幹事(平成22年まで)
平成22年 参議院議員市川一朗政策担当秘書を退職

平成23年 経済産業省後援 起業支援ドリームゲートアドバイザー(平成24年まで)
     宮城県議会選挙(若林選挙区)に無所属で出馬

平成24年 林英臣政経塾塾生(東北七期)、大阪維新の会維新政治塾塾生、公益社団法人仙台青年会議所 会員開発委員会委員
平成25年 公益社団法人仙台青年会議所地域共同開発委員会幹事。仙台東倫理法人会幹事(青年委員長)。沖父ちゃん会(沖野東小おやじの会)初代会長
平成26年 東北大学大学院情報科学研究科講師(情報技術経営論・非常勤。現職)。
公益社団法人仙台青年会議所会員開発委員会委員。公益社団法人日本青年会議所憲法論議推進委員会委員。公益社団法人日本青年会議所東北地区宮城ブロック協議会LOM協働委員会委員。

平成27年 宮城県議会議員【仙台市若林選挙区】に初当選。宮城県議会経済商工観光委員会委員、産業振興対策調査特別委員会委員。

公益社団法人仙台青年会議所 総務委員会副委員長。公益社団法人日本青年会議所 日本の未来選択委員会委員。
平成28年 宮城県議会 保健福祉委員会 委員。 宮城県議会 政務活動費運用検討会議 検討委員。


【渡辺勝幸応援団から、平成29年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成28年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成27年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成26年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸応援団から、平成25年政治活動についての講評】

【渡辺勝幸の東北大学での講義内容についてはこちらをクリック】

【渡辺勝幸メディア紹介履歴】

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天皇皇后両陛下のお歌(平成30年から)(平成31年1月1日発表)

2019年01月02日 21:26

三年前まで、新年に当たり、
毎年、宮内庁から天皇陛下のご感想が発表されていました。

毎年このご感想を読んでいたのですが、
行く年と来る年の大きな指針が、

このご感想を読むと見えてくるのではないかと思っていたところでした。


一昨年から、宮内庁は、
天皇陛下の負担軽減のため、
新年に当たっての感想の発表を取りやめています。

御製については発表されていますので、
読者のみなさんに天皇陛下の御製五首をシェアしたいと思います。










天皇皇后両陛下のお歌(平成30年から)(平成31年1月1日発表)
⇒ http://www.kunaicho.go.jp/data/wakaPoem/5/file.pdf

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天皇陛下御製五首 平成三十年

【第六十九回全国植樹祭】


生ひ立ちて防災林に育てよとくろまつを植う福島の地に


両陛下は、本年六月、全国植樹祭御臨席のため、
福島県においでになりました。
東日本大震災で大きな被害を受けた地域に海岸防災林を育てるため
クロマツの苗木をお手植えになったときのことを詠まれた御製です



【第七十三回国民体育大会開会式】


あらし迫る開会前の競技場福井の人ら広がりをどる


本年九月、両陛下は、国民体育大会御臨場のため、
福井県をご訪問になりました。
御製は、近づく台風の影響を受け、
雨が降りしきる福井県営陸上競技場において、
開会式前に地元の人々が吹奏楽を奏し、
雨の中けなげに踊る様をご覧になったときのことをお詠みになっています。



【第三十八回全国豊かな海づくり大会】


土佐の海にいしだひを放つこの魚を飼ひし幼き遠き日しのぶ


陛下は、学校の夏休みの時期沼津御用邸にご滞在の折、
地びき網にかかったイシダイなどの稚魚を水槽でお飼いになっておられました。
本年十月に高知県で開催された全国豊かな海づくり大会において、
当時のことを懐かしく思い出されながら
イシダイを御放流になったことをお詠みになった御製です。



【沖縄県訪問】


あまたなる人ら集ひてちやうちんを共にふりあふ沖縄の夜


両陛下は、本年三月、沖縄県をご訪問になりました。
御製は、一日の行事を終えられた後、
那覇市のお泊り所で地元有志による提灯奉迎の時に、
遠距離であっても、お互いに語り合うように
灯を振り合われた思い出をお詠みになっています。



【西日本豪雨】


濁流の流るる様を写し出だすテレビを見つつ失せしをいたむ


「平成三十年七月豪雨」(いわゆる「西日本豪雨」)は、
西日本の広い地域に河川の氾濫や土砂崩れなど大きな被害をもたらしましたが、
その様子を伝えるテレビニュースをご覧になったときのことをお詠みになった御製です。
九月には、特に被害の大きかった広島県、岡山県及び愛媛県をご訪問になり、
被災者をお見舞いになりました。



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皇后陛下御歌も三首紹介されていますが、
その中から本年御譲位にあたり皇后陛下のお歌がありましたので、
これも合わせてご紹介いたします。


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【移居といふことを】


去れる後もいかに思はむこの苑に光満ち君の若くませし日


来年四月末の陛下の御譲位の後、
両陛下は平成五年十二月からお住まいになってきた御所から
高輪皇族邸にお移りになることとなっています。
御歌は、御所にお移りになって間もない時期、
お庭にお出ましのまだお若かった陛下のご様子を思い起こされてお詠みになっています。


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今年平成31年4月30日に天皇陛下が御譲位されるということが決まりました。

報道によれば、4月1日に新元号が発表され、
5月1日から新しい御代となります。


天皇皇后両陛下のご健康と
皇室の末永いご繁栄を心からお祈り申し上げます。




「天皇皇后両陛下のお歌(平成29年から)(平成30年1月1日発表)」(H30/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2428.html

「天皇皇后両陛下のお歌(平成28年から)(平成29年1月1日発表)」(H29/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2265.html

「平成28年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H28/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-2056.html

「平成27年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H27/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1661.html

「平成26年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H26/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-1282.html

「平成25年天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H25/1/2)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-917.html

「天皇陛下のご感想(新年に当たり)」(H24/1/3)
⇒ http://cuccanet.blog72.fc2.com/blog-entry-537.html


天皇陛下お誕生日に際し(平成30年)

2018年12月23日 21:31

本日は、天皇陛下のお誕生日であります。
日本国民の一人として心よりお祝い申し上げます。


来年平成31年4月30日までが平成となります。
天皇陛下の誕生日は今年この12月23日が最後、
来年は天皇誕生日はないということになります。


12月20日に行われた、
天皇陛下の記者会見について、
宮内庁のサイトから見ることができます。


天皇陛下お誕生日に際し(平成30年)
天皇陛下の記者会見
会見年月日:平成30年12月20日
会見場所:宮殿 石橋の間

⇒ http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/25

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宮内記者会代表質問



天皇陛下として迎えられる最後の誕生日となりました。
陛下が皇后さまとともに歩まれてきた日々はまもなく区切りを迎え
皇室は新たな世代が担っていくこととなります。
現在のご心境とともに,いま国民に伝えたいことをお聞かせ下さい

天皇陛下
この1年を振り返るとき,例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。
集中豪雨,地震,そして台風などによって多くの人の命が落とされ
また,それまでの生活の基盤を失いました。
新聞やテレビを通して災害の様子を知り,
また,後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが
自然の力は想像を絶するものでした。
命を失った人々に追悼の意を表するとともに,
被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。

ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは,
昭和34年,昭和天皇の名代として,
伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

今年も暮れようとしており,来年春の私の譲位の日も近づいてきています。

私は即位以来,日本国憲法の下で象徴と位置付けられた
天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い,今日までを過ごしてきました。
譲位の日を迎えるまで,引き続きその在り方を求めながら,
日々の務めを行っていきたいと思います。

第二次世界大戦後の国際社会は,東西の冷戦構造の下にありましたが,
平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ,冷戦は終焉えんを迎え,
これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。
しかしその後の世界の動きは,必ずしも望んだ方向には進みませんでした。
世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し,
また,テロにより多くの犠牲者が生まれ,
さらには,多数の難民が苦難の日々を送っていることに,心が痛みます。

以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました
終戦を11歳で迎え,昭和27年,18歳の時に成年式,次いで立太子礼を挙げました。
その年にサンフランシスコ平和条約が発効し,日本は国際社会への復帰を遂げ,
次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。
そしてその翌年,英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列し
その前後,半年余りにわたり諸外国を訪問しました。
それから65年の歳月が流れ,国民皆の努力によって,
我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め,平和と繁栄を築いてきました。
昭和28年に奄美群島の復帰が,昭和43年に小笠原諸島の復帰が
そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。
沖縄は,先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。
皇太子時代を含め,私は皇后と共に11回訪問を重ね,
その歴史や文化を理解するよう努めてきました。
沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは
これからも変わることはありません。

そうした中で平成の時代に入り,戦後50年,60年,70年の節目の年を迎えました。
先の大戦で多くの人命が失われ,また,我が国の戦後の平和と繁栄が,
このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず,
戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。
平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵どしています。

そして,戦後60年にサイパン島を,戦後70年にパラオのペリリュー島を,
更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。
皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

次に心に残るのは災害のことです。
平成3年の雲仙・普賢岳の噴火,平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり,
平成7年の阪神・淡路大震災,平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり,
多くの人命が失われ,数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。
ただ,その中で,人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ,
防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます
また,災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には,いつも心を打たれています。

障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも,
私どもの大切な務めと思い,過ごしてきました。
障害者のスポーツは,ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが,
それを越えて,障害者自身がスポーツを楽しみ,
さらに,それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。
パラリンピックを始め,国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を,皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

今年,我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。
この間,多くの日本人は,赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね,
その社会の一員として活躍するようになりました。
こうした日系の人たちの努力を思いながら,各国を訪れた際には,
できる限り会う機会を持ってきました。
そして近年,多くの外国人が我が国で働くようになりました。
私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も,
将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。
日系の人たちが各国で助けを受けながら,それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ,
各国から我が国に来て仕事をする人々を,社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。
また,外国からの訪問者も年々増えています。
この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め,各国との親善友好関係が進むことを願っています。

明年4月に結婚60年を迎えます。
結婚以来皇后は,常に私と歩みを共にし,私の考えを理解し,私の立場と務めを支えてきてくれました。
また,昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし,愛情深く3人の子供を育てました。
振り返れば,私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく,
現在の皇后と出会い,深い信頼の下,同伴を求め,
爾来この伴侶と共に,これまでの旅を続けてきました。
天皇としての旅を終えようとしている今,私はこれまで,
象徴としての私の立場を受け入れ,私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに,
自らも国民の一人であった皇后が,私の人生の旅に加わり,
60年という長い年月,皇室と国民の双方への献身を,
真心を持って果たしてきたことを,心から労いたく思います。

そして,来年春に私は譲位し,新しい時代が始まります。
多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。
新しい時代において,天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており,
皇室の伝統を引き継ぎながら,日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。

今年もあと僅かとなりました。
国民の皆が良い年となるよう願っています。



【この一年のご動静】

天皇陛下には,本日,満85歳のお誕生日をお迎えになりました。

陛下は,この1年,国事行為に関して,最高裁判所長官の親任式,国務大臣14名を始め,
副大臣22名,大使40名を含む98名の認証官任命式,新任外国大使40名の信任状捧呈式,
大綬章36名,文化勲章5名の親授式に臨まれたほか,
内閣から上奏のあった940件の書類にご署名と押印をなさいました。
また,宮殿や御所では,文化勲章受章者及び文化功労者,勲章・褒章受章者や各種の表彰受賞者,
農林水産祭天皇杯受賞者,各種大臣表彰受賞者,人事院総裁賞受賞者,
日本芸術院会員,日本学士院会員,新認定重要無形文化財保持者夫妻,
シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア,
青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表,
昭和34年の両陛下のご成婚を記念してハワイ在住日系人等が中心となって創設した
皇太子明仁親王奨学金の奨学生にお会いになり,その労をねぎらわれ,栄誉を祝されました。
その回数は75回を数えました。

このほか,外務省総合外交政策局長等からのご進講を10回,
行幸啓や行事に関するご説明を37回お受けになったほか,
皇居勤労奉仕団延べ11,672人に67回にわたってお会いになりました。

台風や豪雨等の風水害を始め,地震,火山噴火等の自然災害が多かったこの1年も,
皇后さまと共に被災地を度々お見舞いになって被災者に寄り添われるとともに,
犠牲者を悼まれ,遺族を慰められました。
7月に発生した西日本豪雨災害では,多数の死傷者,避難者が発生した
広島県,愛媛県及び岡山県の知事に対し,侍従長を通じて犠牲者に対するお悼みと被災者へのお見舞い,
災害対策に従事する関係者へのお労いのお気持ちをお伝えになり,
9月に岡山県,愛媛県及び広島県の被災地を2度に分けて日帰りでお見舞いになりました。
また,同月に発生した北海道胆振東部地震では,地震発生の翌日,
同様に侍従長を通じて北海道知事にお見舞いと関係者へお労いのお気持ちをお伝えになり,
11月に被災地を日帰りでお見舞いになりました。

この他の地方へのお出ましは,いずれも皇后さまとご一緒に,
3月には,来年のご譲位を前に沖縄県に11回目のご訪問をなさいました。
沖縄平和祈念堂をご拝礼になった後,国立沖縄戦没者墓苑でご供花,ご拝礼になり,
翌日には沖縄本島から日帰りで与那国島へご移動。
与那国馬,世界最大級の蛾ヨナグニサン,伝統芸能「棒踊り」,
西崎にある日本最西端の碑をご覧,与那国町漁業協同組合をご視察の後,
最終日に沖縄空手会館で空手演武をご覧になりました。
6月には,2泊3日で福島県南相馬市で開催された第69回全国植樹祭にご臨場になり,
その折に福島県復興公営住宅の北好間団地居住者等とご懇談,
全町民に避難指示が出されていた広野町と楢葉町の町長,議長,町民代表者とお会いになり,
雫集落センターで慰霊碑に拝礼されました。
3日目は悪天候の中,相馬市東日本大震災慰霊碑にご供花,相馬市原釜地方卸売市場,
古関裕而記念館をご視察。
3日間の県内のお車での移動距離は約280kmになりました。
8月には北海道をご訪問。
北海道150年記念式典にご臨席になり,知的障害者などが就労する農福連携農園をご視察。
2日目に日帰りでご訪問になった利尻島では,
利尻町ウニ種苗生産センター,オタトマリ沼をご視察,二石海岸をご散策になりました。
9月には第73回国民体育大会ご臨場のため福井県をご訪問。
福井県教育総合研究所教育博物館ご視察,式典演技ご覧,開会式ご臨席のご日程をお済ませになりましたが,
大型で非常に強い台風24号の接近に地元自治体や警察が十分に備えることのできるよう,
役員懇談会ご臨席,フェンシング競技ご覧等のご日程を取りやめてご帰京になりました。
10月には,第38回全国豊かな海づくり大会にご臨席のため高知県をご訪問になり,
高知県立林業大学校,高知大学海洋コア総合研究センターをご視察になりました。

5年前から始められた私的ご旅行では11月に静岡県をご訪問。
掛川市にある創立50周年を迎えた日本初の肢体不自由児養護施設「ねむの木学園」をお訪ねになり,
生徒・入所者の絵画作品とダンスをご覧になったほか,
袋井市の常林寺では,昨年3月の両陛下ベトナム国ご訪問時に
その記念館をご視察になったベトナム独立運動指導者ファン・ボイ・チャウが
日本滞在中の支援に感謝して建立した「浅羽佐喜太郎公紀念碑」をご視察,
近藤記念館では同碑の「建立100年特別展」を,
隣接する袋井市郷土資料館では常設展をご覧,浜松市外国人学習支援センターでは,
外国人向け日本語教室と日本語学習支援ボランティア養成講座の授業をご視察になった後,
浜松市楽器博物館をご視察になりました。
このご旅行は7月に予定されていましたが,直前に発生した西日本豪雨のため延期となっていました。

ご静養として,2月と6月に両陛下で葉山御用邸に短期間お過ごしになりました。
7月には那須御用邸でお過ごしになるご予定でしたが,
西日本豪雨が発生したためお取りやめになりました。
8月下旬には例年どおり長野県軽井沢町,群馬県草津町でお過ごしになりました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは,ご静養のための御用邸等へのお出ましを除き,
1道8県25市5町でした。

都内の行幸啓では,毎年恒例の全国戦没者追悼式,日本国際賞授賞式及び祝宴,
みどりの式典及びレセプション,日本芸術院授賞式,日本学士院授賞式,
国際生物学賞授賞式にお出ましになったほか,自治体消防制度70周年記念式典,
海上保安制度創設70周年記念式典,
国際会議の一つである国際生産工学アカデミー第68回総会開会式及びレセプション,
サラマンカ大学創立800周年記念 日本サラマンカ大学友の会設立20周年記念「お祝いと感謝の集い」,
高松宮殿下記念世界文化賞30周年記念レセプション,社会保険労務士制度創設50周年記念式典にご臨席になりました。
また,来日中のスウェーデン国国王陛下及び王妃陛下とご一緒に
日本・スウェーデン外交関係樹立150周年記念特別展示
「ルドベック・リンネ・ツュンベルク-ウプサラ博物学三代の遺産より」をご覧,
国賓として来日されたベトナム国主席閣下及び令夫人とご一緒に
ベトナム日本外交関係樹立45周年記念レセプションにご臨席になりました。
このほか,「ポーランド独立回復100周年記念公演ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団ニューイヤー・コンサート」,
「歌舞伎座百三十年「二月大歌舞伎」壽三代歌舞伎賑木挽町芝居前」,
「東日本大震災復興支援チャリティコンサートクラシック・エイド」,
「鈴木鎮一生誕120周年記念 第54回スズキ・メソードグランドコンサート」,
「映画「羊と鋼の森」特別試写会」,「楽団創立100周年記念 クリーヴランド管弦楽団日本公演」,
「小児がん征圧キャンペーン・チャリティーコンサート」,
「日越外交関係樹立45周年記念ベトナム国立交響楽団日本公演」
「ドイツ・グラモフォン創立120周年ガラコンサート」,「Ay曽根崎心中」をご鑑賞,
「企画展『キンダーブックの90年-童画と童謡でたどる子どもたちの世界-』」,
「学校法人桜美林学園創立100周年記念 日中平和友好条約締結40周年記念「愛新覚羅一族の書画作品展」」,
「生誕150年 横山大観展」,「ターナー風景の詩うた」展,「第70回毎日書道展」,
「六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展『建築の日本展~その遺伝子のもたらすもの』」,
「明治維新150年記念特別展『明治日本が見た世界~巨大壁画でたどる日本開国史~』」,
「にっぽん-大使たちの視線 写真展」をご覧になり,
12月には障害者週間にちなんでこれまで長いお関わりのあった
日本初の知的障害児施設である社会福祉法人滝乃川学園をお訪ねになりました。

陛下お一方では,1月と10月に国会開会式にご臨席,
6月に恒例の企業ご訪問として株式会社浜野製作所をご視察,
10月に2018年度日本魚類学会年会(50周年記念大会)及び懇親会にご出席になりました。
なお,第20回日本太鼓全国障害者大会も両陛下でご臨席の予定でしたが,
皇后さまに咳を伴う風邪の症状がおありであったため,陛下がお一方でご臨席になりました。

また,皇居内の行事として,三の丸尚蔵館で皇后さまが御養蚕でお育てになった小石丸の繭を使用し復元,
修理の完成を記念した「春日権現験記絵-甦った鎌倉絵巻の名品-」展をご覧,春季雅楽演奏会をご鑑賞,
果樹古品種(ワリンゴ)をご摘果,古式馬術「打毬」をご覧になったほか,
皇居東御苑の二の丸池にヒレナガニシキゴイをご放流になりました
ヒレナガニシキゴイは,陛下のお考えでインドネシアのヒレナガコイと日本のニシキゴイを掛け合わせて誕生したもので,
これまで平成3年と平成24年に同池へご放流になりましたが,
来年のご譲位前にもう少しその数を増やして来園者が楽しめるようにしたいとの陛下のお考えで,
11月に両陛下でご放流になりました。
これらを含め都内へのお出ましは47回でした。

外国との関係では,5月にベトナム国主席閣下及び令夫人を国賓としてお迎えになり,
歓迎行事,ご会見,宮中晩餐を催されたほか,
お別れのご挨拶をなさるためご宿舎の迎賓館赤坂離宮をお訪ねになりました。
国賓以外のご接遇では,基本的に,先方がご夫妻の場合は両陛下で
ご単身の場合は陛下がお一方でお会いになります。
ドイツ国大統領閣下及び令夫人,チリ国大統領閣下,スリランカ国大統領閣下及び令夫人,
エクアドル国大統領閣下及び令夫人,タジキスタン国大統領閣下,ブルキナファソ国大統領閣下及び令夫人,
ガーナ国大統領閣下,ザンビア国大統領閣下とご会見になりました
また,モザンビーク国国民議会議長夫妻,スリランカ国国会議長,クウェート国国民議会議長,
ブラジル国上院議長夫妻,オーストラリア国下院議長,中華人民共和国国務院総理,
サモア国首相夫妻,フランス国国民議会議長夫妻,ブルガリア国国民議会議長をご引見になりました。
さらに,タイ国王女チュラポン殿下,マレーシア国首相夫妻,
ヨルダン国国王陛下及び王妃陛下並びに王族オマル殿下を御所でのご昼餐に,
スウェーデン国国王陛下及び王妃陛下を御所でのご夕餐に,
デンマーク国王女ベネディクテ殿下,サラマンカ大学総長,
赤十字国際委員会総裁を御所でのお茶にそれぞれお招きになりました。

宮殿では5月に第8回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等の茶会を,
10月に第10回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等の茶会を催されました。

在京外交団とは,この1年間に着任後間もない38か国1組織の大使夫妻を3か国・組織ずつに分けてお茶に,
着任後3年を経過した12か国の大使夫妻を4か国ずつ午餐にお招きになり,
離任する24か国1組織の大使又は大使夫妻を各国ごとにご引見になりました。
日本から赴任する36か国と1組織の大使夫妻にも出発前にお会いになり,
帰国した30か国と1組織の大使夫妻をお茶に招いて任地の様子をお聴きになりました。

宮中祭祀については,恒例の祭祀に23回お出ましになり,
天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。
また,ご高齢のため出御が案じられている新嘗祭神嘉殿の儀については昨年同様,
夕よいの儀はお出ましの時間を短縮して出御され,
暁の儀はご健康への影響を考慮して,儀式終了までの間,御所でお慎みになりました。

今年も例年どおり,皇居内生物学研究所の一画で種籾のお手まき,
お田植えをなさり,お手刈りをなさいました。
また,これとは別に,陸稲と粟をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。
粟は新嘗祭の折にお手刈りになった水稲と共にその一部をお供えになりました。
神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。

ご健康面では,7月に脳貧血によるめまいと吐き気のご症状から,
数日間お住まいの御所でご静養になりました。
この間に予定されていた,絢子女王殿下ご婚約内定についての
高円宮妃殿下及び絢子女王殿下のご挨拶は皇后さまがお一方でお受けになり,
陛下のお祝いのお気持ちをお伝えしました。
また,在京大使夫妻午餐は皇太子殿下が代行なさいました。


【引用ここまで】
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この一年間これだけの公務を務められた天皇陛下は、

わが国の象徴であるというにとどまらず、
世界各国からの信頼も厚いということが内容からもよくわかります


わが国の象徴である天皇陛下が、
このように勤勉にお勤めをされているということは、
日本国民はさらに勤勉に日々を過ごさねばなりませんね。


天皇陛下におかれましては、
どうかいつまでもご健康でありますよう、
そして皇室の弥栄を心より祈念申し上げます。

来年は御代替わりとなり、
平成の次の時代が始まります。

新たな時代に向けて私も頑張っていきたいと思います。


文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年)文仁親王同妃両殿下の記者会見(全文)

2018年11月30日 20:48

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秋篠宮さまは11月30日、
53歳の誕生日を迎えるにあたって記者会見に臨まれました。

様々な報道があり、
また週刊誌報道なども色々あったりするわけですが、
殿下がどのようなことをお話になられたのかということを
直接感じることが必要なのだと思います。

全文をシェアしたいと思います。



文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年)
文仁親王同妃両殿下の記者会見【宮内庁】
⇒ http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/23






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【引用ここから】


文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年)
文仁親王同妃両殿下の記者会見

会見年月日:平成30年11月22日
会見場所:秋篠宮邸


問1 
殿下にお伺いします。殿下は来年5月の代替わりに伴い,皇位継承順位第1位の皇嗣となられます。
新たなお立場への抱負をお聞かせ下さい。
公務の在り方や分担について新天皇となられる皇太子さまとどのような話し合いをされ,
殿下がどのようにお考えになられているのか,あわせてお聞かせください。

殿下
最初の抱負ということについてですけれども,私は今まであまり抱負ということは,
語ることは,口に出して言うことはありません。
ただ,何かの節目というよりも,折々にその抱負のようなものを考えることというのはあります。
これは,抱負になるのかどうかは分かりませんけれども,これからも様々な公的な仕事をする機会があります。
時として,例えば毎年のように行われているものなどについては,
どうしても,前年度とか,その前の機会と同じようにすればいいと思いがちです。
これは私自身もそうなんですけれども,やはり,それら一つ一つを,その都度その都度考えながら,
自分の仕事,若しくは務めを,進めていくようにしたいと思っています。
あと,公務そのものについては,これは,例えば,天皇が海外,外国訪問中とかには臨時代行ということをするわけですね。
私は今までそれをしたことがありません。
今の皇太子殿下は,昭和時代に一度その経験があるわけです。
私はしたことがありませんけれども。今後はそういう機会は,必ず出てまいります。
一方,公的な活動について,来年の5月以降,今まで皇太子殿下が行ってきたものというのが,
今度は天皇になられると,それを併せてするということはできなくなります。
一方,これは昨年のこの場でもお話をしましたが,私も自分で行っていることがあります。
総裁とか名誉総裁をしているものもあります。それらをそっくり誰かに今度は譲る,引き渡すということ,
これも,それを受ける先はありません。
そのようなことから,今,宮内庁として考えていることは,一旦全て皇太子殿下のお仕事を宮内庁の方で引き取って,
それを整理をして,それで次に私がどのものをその後行っていくか,というのを検討しているところです。
おそらくそれはそう遠くないうちに,発表されるのではないかと思っています。
また,在り方については,公的な活動については,今お話ししたようなことについての了解を皇太子殿下と取った,ということです。
在り方というものについては,恐らく,今後もっといろいろ話をしていかなければいけないんでしょうけれども,
分担というか,今の皇太子殿下と私のものというのは,ある程度こう今お話ししたように分かれるわけですが,
例えば宮中で行われる行事等については,それは平成の時代にも,行い方が変わったり,今の両陛下が変えられたものもあるわけです
そういうものについては随時話合いを,既にしているものもありますが,(今後も)していく必要があろうかと考えています。


問2
殿下にお伺いします。天皇陛下の退位まで5カ月となりました。
この30年を振り返り,平成とはどのような時代であったと考え,象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と支えてこられた皇后さまには,どのような思いを抱かれているのでしょうか。

殿下
平成も30年,かなり長い期間になります。
それをこう振り返って総括するというのは,なかなか私にはできません。
例えば平成の初めの頃,私も日本にいなかった時期もありますし,
例えばそういう時に,ニュースでベルリンの壁の崩壊であったりとか,そういうものを見て,驚いたことはあるわけですが,
平成ということですので,日本のことになろうかと思います。
そうすると,いくつか思い浮かびますけれど,例えば,バブルが崩壊して,経済の低迷といいますか,
失われた10年とか,その後も含めて20年とか言われますけれども,ちょうどそのバブルの頃,それからその後でもって,
人々の生活のパターンというのが変わったなというのは,私なりに何となく感じております。
また,これは大変残念なことではありますけれども,自然災害が非常に多かった。震災もありました。
そしてまた近年は,豪雨であったり豪雪もあります,台風などでも大きな被害が出ています。
そういう自然災害が,非常に多い時代だったなという印象があります。
あとこれは,恐らく1992年のリオデジャネイロのいわゆる「地球サミット」後になるのではないかなと思いますが,
企業であるとか,もちろん自治体もそうですね,それから個人が,非常に環境というものに関心を持つようになり,
それぞれが,環境に対してどういうことができるかというのを,真剣に考えるようになった時代だったのではないかと思います。
そして,いろいろなITの発達,これは,それこそ私などは,昭和時代はワードプロセッサですね,昭和の終わりぐらいですよね,で文章を作っていた。
それがいつの間にか,もういわゆるパーソナルコンピュータが普及する,そしてさらに,スマートフォンだいろいろと出てきました。
以前では考えられないぐらい,情報が入ってくるようになり,それからまた,海外と連絡する際も,極めて迅速に,それが行えるようになり,
また例えば,海外の事情なども,容易に知ることができるようになる。
ある意味では,国の国境がボーダレスの時代になったなという印象があります。
私自身はまだ,追い付いていかないところが少しありますけれども,そういう時代だったなと思います。
そして,もう一つ挙げるとするならば,日本人が学術や芸術,それからスポーツなど様々な分野で目覚ましい活躍をしている時代かと思います。

その次の両陛下のことについてですが,天皇陛下は即位以来,象徴とはどのようにあるべきかという,
その象徴としての在り方について,常に模索し考えてこられ,そして,一昨年の8月に,今のお気持ちというものを表明されましたが,その中に全身全霊という言葉がありました。
まさしく,その全身全霊でお務めを果たしてこられたと,私は思います。
そして皇后陛下は,その陛下のお務め,それから立場を重んじ,更に宮中に伝わる伝統を守り継承してゆくことに心を砕かれながら,御結婚以来,非常に長い期間,60年近くにわたって陛下を支えてこられました。
これはなかなかできることではないと私は思い,お二方に深く敬意を表するところです。
そして,これは少し質問の趣旨から外れると思いますけれども,息子の立場として言わせていただければ,私は,20何年,一緒に過ごしていましたからですけれども,
常に笑いのある,そういう温かい家庭を築いてくださいました。そのことに感謝したいと思います。


問3 
両殿下にお伺いします。眞子さまと小室圭さんとのご結婚に関する行事が2年延期され,小室さんはこの夏から3年の予定でアメリカに留学しました。
小室家を巡るさまざまな報道もありますが,小室さんからどのように聞き,どう受け止めていらっしゃいますか。
眞子さまの最近のご様子とともに,お二人の結婚についてのお考えや今後の見通しをお聞かせください。

殿下
小室さんに関わること,これが毎週のように週刊誌等で報道されていることは,私も全てをフォローしているわけではありませんが,承知はしております。
(記者に質問を確認されて)小室さんからの連絡ですか,どうでしょう。
2,3か月に一度くらいでしょうか,時々もらうことがあります。
これは,娘と小室さんのことではありますけれども,私は,今でもその二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば,やはりそれ相応の対応をするべきだと思います。
まだ,婚約前ですので,人の家のことについて私が何か言うのははばかられますけれども,
やはりその今お話ししたような,それ相応の対応というのは大事ですし,それから,これは,二人にも私は伝えましたが,
やはり,今いろんなところで話題になっていること,これについてはきちんと整理をして問題をクリアするということ(が必要)になるかもしれません。
そしてそれとともに,やはり多くの人がそのことを納得し喜んでくれる状況,そういう状況にならなければ,
私たちは,いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません。
私が今お話しできるのはそれぐらいのことになります。
娘の,長女の様子についてですが,(妃殿下をご覧になって)どうでしょうか。

妃殿下
(殿下を振り向かれて)私は後でお話ししても。
今でよろしいでしょうか(殿下に確かめられる)。

記者
眞子さまの御様子についても,是非殿下から。

殿下
私は,最近はそれほど,娘と話す機会がないので,よく分かりませんけれども,
公の依頼されている仕事,それは極めて真面目に取り組み,一所懸命行っていると思います。
また平日は,博物館の方で仕事をしつつ,自分の関心,研究テーマを深めていっているのだろうと思っております。

記者
質問の中でございました,様々な報道に関して,小室さんからどのように聞いていらっしゃるかということについてはいかがでしょうか。

殿下
小室さんから,報道について,その報道についてうんぬんという,それ自体について,私は聞いておりません。
もちろん,ただその中に,今までにあった中で,これは事実とは違うことだ,ということについて説明があったということはあります
ただそれについて,じゃあ何か行動を今するのかどうか,その様子については,連絡からうかがうことは,知ることは私はできておりません。

記者
同じ質問になりますけれども,妃殿下いかがでしょうか。

妃殿下
今,宮様から質問に対して具体的にお話をされているところもございますので,もしできましたら私は母親としてどのように受け止めたか,
また,娘の様子,そして,どのように感じているかについてお話をしたいと思いますが,よろしいでしょうか(記者にお尋ねになり,確認される)。

昨年の夏から,様々なことがありました。そして折々に,私たちは話合いを重ねてきました。
そうした中で,昨年の暮れから,だんだん寒くなっていく中で,長女の体調が優れないことが多くなりました。
そうした状況が長く続き,長女は大丈夫だろうか,どのような思いで過ごしているだろうかと,私は,大変心配でした。

しかしこのような中でも,長女は与えられた仕事を懸命に果たしてきました。
今年の7月には,公的な訪問,ブラジルへ行きました。それは,日本人のブラジル移住110周年の行事に出席するためでした。
(殿下を振り向かれて)私たち自身も,以前にブラジルへ仕事で行きましたが,
その時よりも長い距離を移動し,大変な日程であったと思いますが,日本人の移住地でもある所も含めて14都市を回り,多くの人々と交流を深められました。
それからも,都内や地方での幾つもの行事に出席し,それを一つ一つ心を込めて大切に全力で務めてきたように私は思います。
私は,本当によく頑張っているなと長女のことを思っております。

長女は,美術や音楽が好きなものですから,そして私も好きで,一緒に誘い合って展覧会や音楽会に出かけることがあります。
小さい時から,このように一緒に芸術にふれたり,語り合ったりする時間を持ってきましたが,
今以前にも増して,このように長女と過ごす時間をとても大切に感じています。

家族として非常に難しい状況の中にありますが,私は,長女の眞子がいとおしく,かけがえのない存在として感じられ,
これからも,長女への思いは変わることなく,大切に見守りたいと思っております。

記者
殿下から添えられることは,お言葉はございますか。

殿下
今,妻が話しましたように,先ほどの私の抱負ではありませんけれども,本当に一つ一つ丁寧に仕事をしている印象は私もあります。


問4
両殿下にお伺いします。
佳子さまの最近のご様子や大学卒業後のご活動,ご結婚についてどのようにお考えかをお聞かせください。
皇位継承順位第2位となられる悠仁さまは今年広島を訪問するなど戦争の歴史と向き合う機会を多く持たれましたが,成長をどのように感じていらっしゃいますでしょうか。
今後の成長に寄せる期待と中学校の進学先についてのお考えもあわせてお聞かせください。

殿下
最初に次女のことですけれども,今大学の4年生になりまして,現在は卒業論文の作成に忙しくしているところのようです。
私は細かいことは知りませんけれども,夜遅くまでそれについての作業をしている様子がうかがえます。
それから・・・(妃殿下をご覧になる)。

妃殿下
(殿下を振り向かれて,確認されて)ふり返りますと,次女の佳子は,今年の6月に英国から元気に帰国しました。
約9か月だったと思います。英国の滞在生活では大学で幅広い分野の講義を受けたり,また休みのときには海外,英国も海外ですが,
近くの行きたいと思っていた国,スペインやポルトガルへ友人と一緒に旅行したり,様々な経験をしました。
それを通して,次女は自分の視野を広げたり,また,自分の考えを深めたりする貴重な機会となったと思います。

この数か月をふり返りますと,次女も幾つかの公的な行事に携わりました。
9月には国際情報オリンピックの開会式,その後に手話パフォーマンス甲子園の行事に出席し,そして今月は中学生たちが自分たちの経験を語る少年の主張の発表を聴きました。
大学を卒業してからは,宮中行事に出席することも多くなると思います。これからも,公的な仕事を心を込めて大切に果たしていけるように願っております。

殿下
少しダブってしまいますけれども,大学卒業後はですね,次女にもいろいろな公的な仕事の依頼が来ることが予想されます。
長女がそうしているように,次女にも一つ一つ大切に思いながらそれらに取り組んでいってほしいと思います。
もう一つ,これは既にそういうことがあるのかもしれませんし,私は知りませんけれども。
大学卒業後に大学院への進学の希望を持っているかどうかも私は存じませんけれども,
公的私的は別にしてですね,何かこう,ライフワークになるようなもの,それを持ってもらいたいなと思っています。
結婚についてですが,親の勝手な希望としては,それほど遅くなくしてくれたらいいとは思いますが,
こればかりは,やはり御縁の関係もありますので,別に私からせかしたりすることもしません。
いずれ本人から何か言ってくるかもしれません。そのような状況です。

妃殿下
結婚についてですが,これから先,もし次女がそのような話がありましたら,次女の考えやその先の将来のことについての考えを聞いて,
私も必要なところ,大事だと思うことがあれば,お互いの話合いの中で,気持ちや考えを伝えていきたいと思います。

殿下
(記者に質問を確認されて)その次は,長男のことでしたかね。長男の成長。

記者
広島を訪問されたり,戦争の歴史と向き合っていかれたりとか,いろいろありましたので。
その成長をどのように感じていらっしゃるのかという点と今後の成長に寄せる期待と中学校の進学先についてお聞かせください。

殿下
(妃殿下をご覧になって,悠仁親王殿下のことをお尋ねになって)今年,学校であれですか。戦争のことについて。

妃殿下
(殿下を振り向かれて)夏休みの社会の宿題で,歴史について調べたときだと思います。

殿下
それで,今まで長男は沖縄,長崎,小笠原に行っていますけれども,広島には今まで行ったことがなかったんですね。
そういう何かまとめるに当たって,本人自身が是非広島に行きたいという希望を持って,それで,家内と一緒に行ったわけですね。
そのように,かなり自主的に動くということをするようになってきたと思いますし,自分の意見もはっきり言うようになったなという印象は私にもあります。
一方,自分の主張だけをどんどんするのではなくて,人の話にもきちんと耳を傾けるようになってきたなと思います。
その延長線上にあるのかもしれませんが,人のことを思いやる気持ちというのは,以前よりも増してきたなと思います。
私が非常におおざっぱではありますけれども,感じる成長というのはそのようなところですね(妃殿下をご覧になって)。

妃殿下
(記者に質問を確認されて)成長についてでしょうか。

先ほど宮様がお話をされていましたように,学習に対しての取り組みがとても熱心だと感じています。
小学校の6年生でも夏休みの宿題・課題が多く出され,それは7月に入ってからでしょうか,(長男は)この課題をどのように進めていこうかと,
自分で考え,広島はいつか機会があったときに家族で訪れることを考えておりましたが,今年の夏ということは特に予定しておりませんでしたが,
長男が,できれば(この夏に)広島を訪れて,資料館や関係者から話を聞いてみたいとのことだったので,参りました。
他にも理科の課題も出まして,火山,地震,防災がテーマだったのですが,それに関わる幾つかの場所にも出かけました。
自分の夏休みの過ごし方を,長男が自分で早めにいろいろと計画を立てて見通しを持って行動する,そのようなことができるようになったと,感じました。

成長というのかどうか分かりませんが,すてきだなと感じていること,以前よりも変わったこととして,
学校で帰りの時間ですが,授業が終わった後の下校するまでの間の時間を使って,子どもたちと先生方がお互いのいいところに気づいて言葉にする,
これは「いいとこ見つけ」というのでしょうか,をしています。
そういうこともあるからでしょうか,家でも私たちのいいところに気づいて教えてくれたり,
ちょっと困ったり,どうしようかなと考えているときには言葉をかけたり,助けたりしてくれることがあります。

殿下
(妃殿下をご覧になって)さっきの人を思いやるところともつながるかもしれないですね。

妃殿下
(殿下にうなずかれて)大事なときに言葉にすること,思うことも大事ですが,
言葉にして相手に伝えることの大切さを私たちが学んでいるような気もいたします。
後もう一つお話をしますと,長男は学校の家庭科の授業でお弁当実習を始め・・・(とお考えになる)。

殿下
(妃殿下を向かれて,お尋ねになって)調理実習じゃない?

妃殿下
(殿下を振り向かれて)調理実習かしら。(長男が)お弁当を友達と一緒に作る機会がありました。
授業で学んだ料理や他にもいろいろな料理を作ってくれることが多くなりました。
私たちも素直に,「とってもおいしい」,「これはどうやって作ったのかしら」と話しますと,
長男は本当にうれしそうに,この食材とこの調味料を使って作ったんだよと・・・(そのときのことを思い起こされる)。

殿下
(妃殿下をご覧になって)あと自家製の野菜も。

妃殿下
(殿下とうなずかれて)野菜作りしていますので,そうした野菜を取り入れたり。
私たちがリクエストをすると,それにけなげに応えてくれます。

いくつかお話をしましたが,学習の面,生活の面で様々な成長が今年も感じられました。

殿下
あと,進学先については,今もう11月の末になりますので,そう遠くないうちに発表されることと思います。
それこそ進学先はいい教育をしてくれるところだといいなと,親としては思っています。

妃殿下
進学先についての考えということですが,進学先については4年生,5年生頃からでしょうか,少しずつ話し合って,長男自身の考えや希望などを聞くことがありました。

学校でも進路について,様々に考える機会を設けてくださいました
例えば,5年生のときにはお茶の水女子大学附属小学校の卒業生である大学生が小学校を訪ねて,
そして自分たちが進路に対してどういう考えを持ったか,進んだ中学校,高校,大学でどういう生活をしていたか,
そのように語る時間がありまして,そのときに子どもたちは,
卒業生,自分たちの先輩にいろいろな質問をして,それにお兄さん,お姉さんたちが丁寧に答えてくださいました。
小学校のこのような時間以外にも,いろいろな中学校があって,特徴があって,カリキュラムや課外活動があることも知る機会がありました。

こうした中で,長男が自分の考えを深めることを大事にしてまいりました。
中学校でどのようなことを学びたいか,どのような活動をしたいか,今,学校や家庭でどのように過ごしたいか,そのようなことを長男はいろいろと考え,
その意見や希望を聞きつつ,話し合い,進学先について考えてきました。
これからも長男の語る言葉に耳を傾けて,思いや気持ちを大事に受けとめられるよう,成長を見守っていきたいと思っています。

殿下
(記者に質問を確認されて)あとは期待?

記者
今後の成長への期待。

殿下
いろいろあると思いますし,なかなか期待というと本人にも重荷になることもあるので,
どっちかというと,こうなってくれたらいいなと私が思っていることとして,
その中の一つを挙げますと,どうしても何か物事を見るときに一面的に見がちなことがあると思います。
やはり様々なことというのは,いろいろな視点を変えて見ると全然違うところというのが出てきます。
私は長男には,何か物事を見るときに一面的ではなくて広い視野,多角的に見られるようになってほしいなという希望があります。

妃殿下
小学生から中学生へと,恐らく学習環境や生活環境が大きく変わるところ,また,心身面の成長でも変化が見られる時期でもあると思いますので,
少しずつ新しい生活に慣れていけるよう,また,子どもの成長を支えていけるように努めたいと思っています。


問5 
殿下にお伺いします。この1年を振り返り,印象に残る出来事とご感想をお聞かせください。

殿下
この1年もいろいろありました。まず先ほどと少し重なりますけれども,自然災害が非常に多い年でした。
それは地震もありましたし,台風もありましたし,それから豪雨もあったわけですね。
私自身はそれらの災害があった場所としては広島県に参りました。
まず最初に驚いたといいますか,広島の空港を出て,それから行った場所が坂町になります。済生会病院ですけれども。
高速に乗ったときにいろいろなところで土砂崩れ,大きい土砂崩れがあって,しかも道にも流されてきた木があって。
こういう場所だということをですね,普段なにげなく広島の空港から街中に出るときに高速道路に乗っていますが,改めてその地形をそのときに認識しました。
また,被害が大きかった小屋浦の方にも行きまして,そこで避難している人たちとも話をする機会がありました。
やはり避難している人たちにとってもこれほどの大きい災害になるとは思ってもいなかったという声が,何人かの人からありました。
確かに川の脇を歩いていると,その川の水量が上がって,しかも流木が流れてきたり,その他でもって大きい被害が出たわけですが,
水の力というのがこれほどまでにすごいのかということを改めて私は認識しました。
そして,今後どのようにして防災そして減災をしていくかというのを,
今,日本中どこでもその可能性はあるわけですので,それを考えていかないといけないということを再度思いを新たにしました。

また,今年は日本人がハワイに移住して150年になります。私は今までハワイはホノルルの空港しか知りません。トランジットのため。
ですから今回現地に行って,それから日系社会の人たちと話をし,その人たちが小さかった頃の話(を聞いたり),
それから(日系社会の人たちは)今8世までいるわけで,8世はまだ小さいお子さんでしょうけれども,いて,
その人たちが日本について思っていることであったりとか,様々なことを聞く機会になるとともに,本当にホノルルの近辺だけですけれども,
かなり音楽であったりとか,歌であったりとか,それから植物利用であったりとか,様々なことを私自身知ることができて大変良い機会だったと思います。
いろいろその他ありますけれども,今年はノーベル生理学・医学賞,本庶佑ほんじよたすくさんの受賞が決まりました。
最近は日本人で受賞する人も多くて,「今年も」ということになってくるんだと思いますが,もちろんそのいわゆる免疫チェックポイント阻害剤ですね,オプジーボ。
まだまだおそらく課題はたくさんあると思いますけれども,今後の悪性新生物に対する一つの柱になっていくことが期待されるのではないかと思います。
そして後は,先ほども日本人の活躍ということをお話ししましたが,若い世代の人が非常に活躍した年だったなと思います。
少しだけ例を挙げれば将棋で藤井聡太さんもそうですし,15歳でしたかね。
それから,オセロゲームも大幅に記録が更新されて11歳の福地啓介さんですか,が世界タイトルを取られたという,
そしてテニスの大坂なおみさんが日本人としては初めてですかね,グランドスラムの全米のシングルス優勝,
その他もろもろオリンピック・パラリンピックもありましたし,いろいろな分野で若い世代の人たちの活躍が目立ち,これはほんとに明るい話題だったと思います。


関連質問1 
殿下にお尋ねいたします。お代替わりに関する日程や規模について,いろいろ宮内庁の方でも発表があり,決まりつつありますが,
先ほど殿下には皇嗣となられる公務の在り方についてのお考えをお聞きしましたが,即位の行事や儀式についてもお考えがあればお聞かせいただきたく思います。

殿下
行事,そういう代替わりに伴う行事で,いわゆる国事行為で行われる行事,それから皇室の行事として行われるものがあります。
国事行為で行われるものについて,私が何かを言うことができるかというと,なかなかそういうものではないと思います。
そういうものではないんですね。一方,皇室の行事として行われるものについてはどうか。
これは,幾つかのものがあるわけですけれども,それについては,ある程度,例えば私の考えというものもあっても良いのではないかなと思っています。

記者
具体的に。

殿下
具体的にもし言うのであれば,例えば,即位の礼は,これは国事行為で行われるわけです,その一連のものは。
ただ,大嘗祭については,これは皇室の行事として行われるものですし,ある意味の宗教色が強いものになります。
私はその宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか,これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども,
その頃はうんと若かったですし,多少意見を言ったぐらいですけれども。
今回も結局,そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。
ただ,私として,やはりこのすっきりしない感じというのは,今でも持っています。整理の仕方としては,
一つの代で一度きりのものであり,大切な儀式ということから,もちろん国もそれについての関心があり,
公的性格が強い,ゆえに国の国費で賄うということだと。平成のときの整理はそうだったわけですね。
ただ,今回もそうなわけですけれども,宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに,それは,私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。今でも。
ただ,それをするためには相当な費用が掛かりますけれども。
大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。
ただ,そのできる範囲で,言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。
少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし,そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。
ただ,残念ながらそこを考えること,言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。
そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。


関連質問2 
眞子様と小室さんの御結婚に関する質問のお答えの中で,「相応の対応」ということを仰られましたけれども,
これは,お二人の結婚の意思が今も非常に堅くて,そのお気持ちを今後も支えていかれるというふうに受け止めてもよろしゅうございますでしょうか。

殿下
それとは少し違い,それを支えていくという意味でお話ししたのとは違います。
あの時の質問は,恐らく小室さんについての報道のことと,それから連絡を受けてというそれについての私の答えでしたけれども,
やはりそれ相応の対応というのはこちらの対応ではなく相手側の対応ですね。
その後にお話ししましたように,やはりきちんと,どういうことなんだということを説明をして,
そして多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る,それが「相応の対応」の意味です。


※お言葉の重複や助詞など,わかりにくい表現の箇所は,若干の補足,修正をしてありますが,ご発言の内容は変更しておりません。


【引用ここまで】
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今日はお父さんお母さん働いてくれてありがとうの日ではありません

2018年11月23日 20:50

今日11月23日は「勤労感謝の日」です。

「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」

ことを趣旨とした祝日なわけですが、

本来「お父さんお母さん働いてくれてありがとう」という日ではありません。


今日は本来の暦でいえば、

「新嘗祭」

の日になります。


──────────────────────────────
【ウィキペディア引用ここから】


新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)は宮中祭祀のひとつ。
大祭。また、祝祭日の一つ。

収穫祭にあたるもので、11月23日に、
天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、
また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。

宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる。


【ウィキペディア引用ここまで】
──────────────────────────────


つまり、今日はじめて新米を神様にささげ、
今年の収穫に感謝するということなので、

「今日まで新米を食べない」

というのが正しいわけです。


いずれにしても、
おいしいごはんが食べられるというのは、
ありがたいことなので、

感謝しながらいただくようにしたいですね。


わが家では宮城県産新品種「だて正夢」をいただきました。



わが国では古くからこの日に、
五穀の収穫を神に感謝し、新米を食べる日でした。

古代より重要な祭祀である「新嘗祭」が行われ、
代々の天皇陛下がこの祭祀を司り、

また全国の農山漁村においても
それぞれの神社で新穀を捧げるなど、
君臣一体で神々に感謝をする日だったわけです。



そして今上陛下が新嘗祭に臨まれるのは、
今年が最後ということになります。

新嘗祭のなかでも、
午後11時から翌24日午前1時まで行われる「暁の儀」の拝礼というものがあります。

昭和天皇は、69歳だった1970年から
「暁の儀」への出席を取りやめられたとのことで、
陛下のご高齢を考えるとやむを得ないことかと感じます。


いずれにしましても、
天皇陛下が祭祀を司り、
日本全国津々浦々で同じ趣旨で収穫を感謝するお祭りが行われる、

君臣一体の国がわが国日本であるということを、
あらためてありがたいことだと感じるところです。

みんななかよく、
上下一心、
和をもって尊しとなす。


大事にしていきたいことです。





「天皇陛下、23日に最後の新嘗祭」
(2018.11.22 15:20 産経新聞ウェブ)
⇒ https://www.sankei.com/life/news/181122/lif1811220039-n1.html

─────────────────────────
【引用ここから】


 天皇陛下は23日、在位中最後の新嘗(にいなめ)祭に臨まれる。
陛下自らその年に収穫された穀物を皇居・神嘉殿(しんかでん)に供えられる新嘗祭は最重要の宮中祭祀とされる。
五穀豊穣(ごこくほうじょう)に感謝し、国家国民の幸せを願う祈りは、
陛下の側で新嘗祭に臨まれてきた皇太子さまに受け継がれる。

 新嘗祭は皇居・宮中三殿に隣接する神嘉殿で、
同日午後6時から「夕(よい)の儀」が、同11時からは「暁(あかつき)の儀」が、
同様の次第で2時間ずつ行われる。
陛下は平成26年から暁の儀へのお出ましを控えているが、
夕の儀は30分間に時間を短縮して続けてこられた。
儀式には神前での御告文(おつげぶみ)の奏上や、
新穀を神々と食べる直会(なおらい)という天皇しかできないご所作がある。


 新嘗祭では男性皇族方も拝礼されるが、
陛下と同じ殿上に上がられるのは皇太子さまのみ。
皇太子さまは来年11月14~15日にかけ、
即位後初の新嘗祭である「大嘗祭(だいじょうさい)」
(大嘗宮(だいじょうきゅう)の儀)に臨まれる。


【引用ここまで】
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【渡辺勝幸ご報告】東北大学大学院における平成30年度講義が終了しました─「情報技術経営論」講義の内容と受講者の感想を公開します!その2【起業家教育】

2018年08月16日 15:30

290508 東北大青葉山キャンパス  


今年も平成30年4月から8月にかけて、
毎週月曜日に、

私、渡辺勝幸は、東北大学大学院情報科学研究科において、
非常勤講師として、情報技術経営論の講義をしました。

今年でこの講座を持つのは早いもので五年目となりました。
この講義を受け社会に巣立って行った方々もたくさんいますし、
Facebookなどで引き続きつながってくださっている卒業生の方もおり、
その活躍が楽しみです。

なかには起業した方もいらっしゃいます。


今年の履修者は36名。
履修者のほぼ全員が講義を受けていました。


私がこの4か月間講義した内容と、
大学院生の受講しての感想を以下の項目で書いていただきましたので、

「起業家教育」をテーマに格闘している私の活動を、
みなさんにシェアしたいと思います。



1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください。




この講義は、初回講義において受講者全員に
メールアドレスを登録してもらい、メーリングリストを作成しました。

このメーリングリストを使って、
講義の週の金曜日までに、

1、講義において気づいたこと【気づき】
2、その気づいたことから自分は何を実践するか【置換え】


を毎週提出していただきました。




平成30年度シラバス 情報基礎科学専攻
【情報技術経営論 Management of Information Technology】
 1学期 (月) 10:30-12:00

授業の目的・概要及び達成目標等

授業の目的
起業家学。会社の作り方、ゼロから事業はいかにしてつくられるか、起業成功のエッセンスを学ぶことにより、ビジネスで成功する極意を習得し、受講者が修士終了後社会に出たときに即戦力として活躍できることを目的とする。

到達目標
情報科学を基礎として起業することに理解を深める。


講義カリキュラムは以下の通りで行いました。


第1講     4月9日    オリエンテーション・起業には何が必要か     
第2講     4月16日   起業家ゲストスピーカーその1「家事代行サービスの可能性と私の履歴書」      株式会社 IDENTITY 野地数正 代表取締役
第3講     4月23日   起業戦略と新規事業立案戦略ー6W2H      
第4講     5月7日    起業支援政策の形成過程ー安倍政権の成長戦略とは 
第5講     5月14日   起業家ゲストスピーカーその2「社会課題とビジネスをつなぎ持続可能な地域づくりに貢献するビジネスモデル事例」   株式会社ラポールヘア・グループ    早瀬  渉 代表取締役
第6講     5月21日   起業家ゲストスピーカーその3「人生を変えるエクササイズ!コンプレックスから生まれた起業ストーリー」       パーソナルトレーニング スタジオ・ラヴィ 山本志乃 代表
第7講     6月4日    ビジネスは問題から生まれるー問題把握、現状分析と客観視     
第8講     6月11日   どの会社にも必ず起業家がいるー起業家の歴史   
第9講     6月25日   値決めは経営・ビジネスの基礎、人事管理ー起業がうまくいくチームは『桃太郎』   
第10講    7月2日    起業家ゲストスピーカーその4「日本と世界を繋ぐビジネスクリエーター! 中小企業の世界進出支援事業」       "KM International Trading & Consulting
中 正宏 代表"
第11講    7月9日    起業家ゲストスピーカーその5「テロワージュ宮城」        株式会社 仙台秋保醸造所 毛利親房 代表取締役
第12講    7月23日   公益経済と共通価値の実現(ポーターの経営論)  
第13講    7月30日   プレゼンを学ぶ 



■成績評価方法及び基準

レポートで評価する

■教科書、参考書

資料を配付する予定





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【Mさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

この授業は渡辺先生といくつかの企業の代表的な授業を通じて、
多くの実践と企業の思想をぶことができる。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第9講
一つのチームの中で、アントレプレナーはまず最初に自分のするべきことをはっきりさせ、
明確な目標と計画を立てて初めて企業の人々の構成やその仕事を理解することができる。
そして、さらに大切なのは会社における人員の採用方法と基本的な本則を守ることである。
次は、将来の展望に応じて、仕事の種目を予想し、
自分の能力や自分の出来る仕事をはっきりさせ、
企業の一員としてあるべき技能や仕事の要求を説明するのがスタッフとしての任務である。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください。

まず、方向の選択事業など自分の目標を築く。
次に、良い機会を見逃さず、ルールを把握する。
そして、最後に、個人の必要なスキルを保証する。



【Nさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

企業するつもりは全くありませんが、
これから社会人として生きていくために必要なこと、
また先人の経験談をたくさん聞くことができました。
学んだことを活かしていきたいと思います。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第5講
自分がやりたいことに対して、地方のニーズを調査する。
各地方によってニーズが異なるということを、
当たり前のことかもしれないが改めて実感することができた。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

常にチャレンジをしていく。
そして新たなことを始める際には、どういう需要があるのか、
先人はどういった考え、手法で成功してきたのかをまず調べようと思います。



【Oさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

起業をメインテーマに据えた講義でしたが、
起業するしないに関わらず人生において自分が成長していくための
考え方、メンタリティを数多く学ぶことができました。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

私にとって最も印象に残った講義は第2講です。
ゲストスピーカー野地さんのお話を聴き、自分に近い考え方や、
逆に自分とは違い考えさせられる内容など、
ためになるお話が多くとても勉強になる講義でした。
特に印象に残っているのは、
「例え自分がやりたい仕事ではなくても目の前の与えられた仕事を一生懸命やっていれば必ず報われる」、
「まずは行動を起こしてみて、それから考えるくらいでいい」
という言葉です。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

今までの人生、私はとにかく保守的で消極的な選択を繰り返してきました。
リスクを恐れ、自分から行動を起こせない人物でした。
今回、この講義を受講し、
自分から行動し成功した方々のお話をたくさん聴かせていただき、
少しですが間違いなく私の意識が変わりました。
例え行動を起こして失敗したとしても、
それはリスクではなく成長の糧となる貴重な経験であるという考え方が芽生えてきています。
これからの人生、もう少しだけチャレンジしてみようかと思っています。
半年間、ありがとうございました。



【Pさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

富士山に登る人は、登りたいという気持ちを持っている人間です。
一般人より、起業家はいつも危機感を持ち、ワクワクしている。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

私にとって、第三講の勝海舟遺訓が印象が一番深いです。
起業だけじゃなく、就職も研究も、
事前に詳しい調査と機が熟す時の勇気そして事後に反省すが必要です。
そうすると、自分が前に進めるだと思います。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

今まで学んできたものを蓄えておく。
研究もちゃんとやりながら、日本語と英語の勉強も忘れず、
自分の趣味の絵を描くことも諦めず、
日本にいる間にもっと強い自分になるために、頑張ります。



【Qさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

起業に関して様々なことを学ぶ講義であったが、
起業するしないに関わらず、これから社会に出ていく中で大切なことを学ぶことができた。
加えて、様々な起業家の方々の話を聞くことができ、
行動指針や考え方についての知識を蓄えたり認識を改めることができた。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第2講
実際に起業した方のお話を直にお聞きする初めての機会であったため、
強く印象に残っています。
加えて、野地先生のお話を聞いて、起業家精神について学ぶことができたことと、
起業する人の行動力について学ぶことができ、
自分の認識を改めることができました。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

起業した方々のお話を聞いて、
起業する人の行動力、情報収集能力、人とのつながりを広げていく
という3点が非常に印象に残りました。
これは起業するしないにかかわらず、
社会に出て生きていくうえで非常に大切なスキルおよび心得だと思います。
そのため、この3点を意識して行動していきたいと感じました。



【Rさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

実際に起業されている方々の貴重な体験を聞き、
様々な考え方に触れられたことは非常に良い刺激になりました。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第1講
最初の講義でエレベータピッチの話があり、
30秒で自己紹介できるかと問われたときにすぐには何も思い浮かびませんでした。
自分は満足に自己紹介もできないのかと愕然としていたのが記憶に新しいです。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

どの講も考えさせられるような内容であったので、
やるべきことや発見は多くありました。
その中でまずは、自分とは何か、自分についてよく知ろうと思います。
今後も自分について深く掘り下げて考える時間を1日の中に作っていき、
それに従って行動を決めていきたいと思います。



【Sさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

今まで学生しか経験していなかった自分には、
起業家としての体験を少しでも味わうことができる刺激的な授業だと思いました。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

私は第12講に対して印象に残っています。
CSVという考えを初めて知った講義でした。
ひたすら利益を求めるのではなく、
利益を得ながら社会貢献を平行させる考えに非常に感銘をうけました。
社会あっての企業であり、企業も社会の一部であります。
企業は社会から独立しているものではなく、
相互作用しているものであることを考えさせられました。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

現状は私のビジョンは就職でありますが、
その企業を作った起業家がいるはずです。
この講義を受けて学んだ視点を就職活動やその後にいかしていきたいと考えました。



【Tさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

元々起業自体にはそれほど興味ありませんでしたが,
起業家の方々の考え方は,自身の研究にもつながる話が多く,
とても参考になりました.


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第11講
私自身がお酒好きということもあり,
ワイン醸造所を立ち上げるというのは興味深かったです.
講義を通して言えることですが,
震災を境に様々な職が新しく生まれているというのが印象的でした


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

人が何を求めているのか,
何を人に提供したいのかを考えながら,
研究等を進めていこうと思います.



【Uさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

友人で起業等している人がいるが、
自分にはあまり関係無いものだと決めつけていたが、
実際に起業した人の話や先人の話を聞いて、
そんなに遠いものでもないのかなと思えた。
これから選択肢の1つとしての考えていきたい。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第8講
実際に起業家の考えや困難を知ることができたことは非常に為になった。
失敗しても大丈夫と思っていても、行動には中々移せなかったのが
実例を知ってこれからはある程度色々なことに挑戦していこうと思う。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

やはり後悔のないように生きてみようと考えるようになった。
また、自分のためだけでなく、たまには人の為だけに動いてみようと思った。
何かを考えるときに、最初からある選択肢を消すのではなく
広い視野で問題等を見てみようと思う。



【Vさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

今まで受けた一般教養や専門科目の授業では受け身になっていることがほとんどだったが,
この授業では毎回,何を学んで自分にどう生かしていくかを考えていたため,
聞いた内容がそのまま自分の身になっていると実感できた.
また,普段の生活でも自分に置き換えるとどうか,
ということを意識するようになった.


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

どれも印象深いものばかりだったが,一番は第1講である.
人がどう思うかや,○○すべきではなく,
自分はどう思うか,自分は何をしたいか,どうするかということが
起業だけではなくて人生でも大事なことだというお話がとても印象に残っている.


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

○○すべきだから○○する,という思考をやめて,
○○したいから○○するという思考に変える.
例えば,人のために働くべき,なのではなくて,
人のために働きたい(人の役に立つと嬉しい)からそうする.



【Wさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

最終講義のプレゼンの話もそうであるが,
起業だけでなく,研究や就職後に活かせる内容を学ぶことができた..
また,実際に起業した方の話で聞いたことが,
今後いくつかの場面で起業という選択肢を考えさせてくれるだろうと感じた.


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第5講
早瀬先生に.社会課題を解決するために起業した経緯,理由,戦略
具体的な数字とともに説明して頂き,強い説得力を覚えたため.


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

これからの人生において,いかに生きていくかの選択肢は多く存在するが,
その中でどれが一番良いかを考える際に,
参考にする情報(骨太の方針や実際に現場でしか得られないものなど)を
多く広く正確に持つことが重要だと感じた.
より多くの選択肢,情報を得られるように,アンテナを広げるために,
行動を起こせばできる可能性のあることは積極的にやっていきたい
そして説得力のある選択をできるようにしたい.



【Xさんの講義の感想】

1、この情報技術経営論を受講しての全体の感想

起業自体に関係することはもちろんですが、
起業をするためのメンタリティや、思考として必要なことを
教えていただいたのが大変に有意義でした。
起業だけではなく実生活に活かせる内容が多く、
毎回主体的に講義を聞くことができたと思います。


2、最も印象に残っている講義(第○講と記してください)とその理由

第6講
後援者の方が、様々な挫折、紆余曲折を経て起業家としても、
一個人としても人生を送っておられる方だともっとも感じた講義であったから。


3、この講義を受けて、自分がこれからの人生をいかに生きていくか実践の「置換え」を表明してください

自分のやりたいことと社会へのインパクトを考え、
主体的に行動することでそれを為していきたいと思います。
また、挫折から学んで自分を成長させていける人間になろうと思いました。




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今年も熱心に多くの受講生が取り組んでくれました。

大学院生の感想は、次回に続けます。




⇒ 【渡辺勝幸ご報告】東北大学大学院における平成30年度講義が終了しました
─「情報技術経営論」講義の内容と受講者の感想を公開します!その1【起業家教育】(H30.8.13)




 




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